神隠しの少女 | ナノ






そんなつもりじゃあなかったなんて、一体俺は誰に言い訳すればいいのだろうか。

砂を運ぶ風の音も、ヒューヒューと鳴る己の喉も膜一枚隔てた様に不確かで、遠ざかって行く。音という音が一切掻き消えた様な中、パタパタと小さな滴の落ちる音が唯一耳に付く。それがぴちゃりと滴が跳ねる音になり、DIOの腕の中に横たわる茉莉香の体から流れ落ちた血が、血溜りとなり、未だにそこに落ち続けている音だと気付いた瞬間。甲高く喉が鳴いた。

「茉莉香ッ!」

駆け寄ろうとした俺の前に、黄色い体躯が立ちはだかる。先程の出来事が嘘のように猛々しい姿を取り戻したザ・ワールドが爛々と燃える目で俺を射抜いた。

「近寄るな。こいつに、触るな」

抑揚のない声が、耳を打つ。ふらりと首を擡げたDIOは雪の様に白い頬に真っ赤な茉莉香の血を塗れさせて、虚ろな目をしていた。端正な顔立ちのせいか表情が抜け落ちたDIOはどこか現実感がなく、作り物の様だなんて場にそぐわない感想を抱いた。

「許さんぞ…勝手に死なせなど、するものか…」

白い指が茉莉香の首の傷を数度撫で、爪を立てる。ピュッと跳ねた血飛沫にまだ茉莉香の心臓が鼓動を止めていないのだと知らしめられた。

「お前は、私のものだ…私のものだッ!勝手に死ぬことも、私を置いていくことも!許した覚えはないぞ茉莉香ッ!」

意識のない茉莉香を揺さぶりながらDIOが吼える。その声が悲痛に塗れ、震えていた。今すぐ駆け寄って茉莉香を助けたいのに、それが出来るのは自分ではないと俺はもう、分かってしまっていた。握りしめた拳から、血がしたたり落ちたのが分かった。

「助けてくれ…俺の負けでもいい!てめえが死ねと言うなら死んでやる!這い蹲って服従しろと言うならしてやる!だから、茉莉香を、助けてくれ…!お前になら、出来るだろう!」

俺の言葉にDIOが一瞬目を向ける。その瞳が揺れて、止まる。

「ああ…そうだ。そうだったな…。茉莉香、茉莉香…」

壊れ物を愛でる様な手つきでDIOが一度茉莉香の頬を撫でた。

「馬鹿者め」

嘲るような声で呟いたそれは、誰に対するものだったのだろうか。自身の首を爪で切り裂いたDIOが、傷口を合わせるように擦り付ける。ぼたぼたと落ちる血はどちらのものかもう、分からない。
数秒か数分か。それすら分からなくなるような不確かな感覚。止まった空気を切り裂く様にサイレンの音が聞こえた。反射的にそちらを振り向けば、SPW財団のロゴが入った車がこちらに向かってきている。首を戻せば、DIOが茉莉香を抱きかかえ立ち上がっていた。そちらに近寄れば、茉莉香を抱く腕に力が入ったのが分かる。

「渡さんぞ、もう、渡してなるものか」

ぽつりと落とされた言葉は小さく、しかし手負いの獣の様な苛烈な威嚇を含んでいた。


「承太郎!」

車の中から飛び出してきたポルナレフが俺と、…茉莉香を抱きかかえる血塗れのDIOを見て目を瞠る。しかし今は説明をしている暇はない。

「付いて来いDIO」
「…ああ」

抵抗することもなく車に乗ったDIOが茉莉香を抱いたまま隅に座り込む。茉莉香の肩に顔を埋め抱きすくめる姿は、子を守ろうとする獣にも何かに縋る子のようにも見えた。

「一体、何が有ったってんだよ!」
「とにかく今は病院に向かえ」
「…血」
「ああ?」
「茉莉香の血液型の血は、あるか。私がしたのはこいつの傷を塞ぐ程度の物だ…このままでは、血が足りない」

DIOの言葉に慌てた同乗員が急いで輸血パックを取り出す。針を刺そうとして抱いたまま動かないDIOに困った様な顔をした。

「DIO…茉莉香をベッドに乗せろ。そのままじゃあ、輸血が出来ねえ」

ゆっくりと顔を上げたDIOが茉莉香を備え付けのベッドに乗せた。しかしその手は離れることなく茉莉香の手に絡められる。

「茉莉香、茉莉香」

小さく茉莉香の名を呼ぶ姿は、祈っているようにも見えた。

「…おい、本当にDIOなのかこいつは」
「ああ。…俺らの知らない、姿って奴なんだろうさ」

本当ならば今すぐにでもその場所を取って代わりたかった。茉莉香の手を握り、生きろと戻ってこいと声を嗄らして叫びだかった。けれど、今茉莉香が死の際に瀕しているのは他の誰でもない自分のせいなのだ。そう思うと足が竦む。目を逸らしてしまいたくなる。けれどそれだけはしてはいけないと、俺はただ力無く眠る茉莉香に縋るDIOを見つめていた。

[ 1/2 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]