神隠しの少女 | ナノ






「ラバーソールは何をしに?」
「ん?ああ、ちょっとした護衛みたいなもんだな」
「護衛?」
「ああ。茉莉香があいつのスタンドを上手く使えばDIO様の攻撃も多少は軽減できるはずだと言い出してな。ま、肉襦袢ってとこだ」
「ああ。なるほど。…それにしても変な事を思いつく子ですねえ」
「確かにな。…それにしても意外だな」
「何がですか?」
「お前がDIO様の為に暴れたりしないのが」

ダンの言葉にテレンスはしかめっ面になった。

「あなた方が仰ったんでしょう?スタンドを発揮できる状況を作り出さない限り私は憐れにも無力極まりないですからね。まああなた如きなら殴り合いでも勝てるかもしれませんが?」

言葉の中にしっかりと含まれた棘にダンは苦笑する。それにため息を吐くとテレンスは眠る茉莉香の側に腰を下ろし髪を梳いた。

「こんなボロボロになるまで頑張らなくたって、良かったでしょうに」
「仕方ないだろう。そいつの性分なんだろうさ」
「それにしたって。隈は酷いし顔色だってよくない。先程布団に入れる時抱き上げて分かりましたが体重だって減っているんですよ?こんな成長期の子供が。ジョースター達は何も気づかなかったんですか全く」
「奴らも一杯一杯だったんだろうさ。まあ努力が報われれば茉莉香だって文句はないだろうしな」
「随分と彼らの肩を持つんですね」
「こうなった以上奴らに勝ってもらわにゃ私の身が危ないからな。ついでにジョースターは大富豪だ。ゴマをすっておいて損はあるまい?」
「…こんな状況でも守銭奴根性を忘れないところは尊敬に値しますね」

これ以上ない程大きなため息をついてテレンスはまた手を動かし始める。投げ出された手を温めるように摩ると、苦しげな茉莉香の顔が少し和らいだ。

「万が一、彼らがDIO様に勝てればともかく…負けたらどうするつもりなんですかねこの子は」
「さあな。DIO様も殺しはしないだろうが…こうなった以上無傷で終わる筈もないだろうしなあ」
「そうなったらこの子は…泣くんでしょうねえ」
「泣く程度で済んだら御の字だな」
「本当に」

テレンスが再度ため息を零したところにホルホースとンドゥールが戻ってきた。

「おかえりー。ヴァニラの奴はどうしたんだ」
「空き部屋一つ取って縛って転がしてある。見張りを付けようとも思ったんだが…ま、多分夜が明けるまでは起きねえだろ」
「そうか。にしてもお前あの薬何処で手に入れたんだ?」
「ダニエルの野郎が持ってきたんだよ。…っていうかダニエルの奴今どこいんだ?姫さんがそりゃあもう怒ってたぞ」
「彼なら今頃空の上じゃあないですかね。DIO様から報酬を受け取ってその足でラスベガスに飛ぶと言ってましたから」
「…抜かりねーなあ。こちとら姫さんに殺されかけたってえのに」
「確かに今生きてることが奇跡だな」
「本当だぜ…DIOの奴と会う時も生きた心地がしなかったが…あん時ゃ本当に死ぬかと思ったぜ」

頭を振るホルホースに同情したような目が集まる。詳しいことはホルホースも口には出さないが、彼女の逆鱗に触れた以上酷い目に遭うだろうということは三人にも察しがついた。
空気を換える為かテレンスが一度咳ばらいをした。そのままンドゥールの方に顔を向けて唇を吊り上げる。

「それにしても私としてはあなたがDIO様を裏切ったということの方が意外ですねえ」
「ああ、確かになあ。俺も姫さんから渡されたメモにお前の名前が有った時は驚いたぜ。一体どういう心境の変化だあ?」
「ああ…承太郎に負けて死のうとしたところを救われて…いや、茉莉香に言わせると拾われた、か。まあとにかく捨てたものを拾ったのだから自分の物だと言われてな。そういう訳で今の私に私の裁量権は存在しない」

肩を竦めたンドゥールに三人が揃えて肩を竦めた。

「…DIOなんざよりよっぽど性質の悪い奴に捕まっちまったって訳だ」
「DIO様が首輪と鎖で平伏させるなら茉莉香は真綿で包んでぐずぐずに溶かしそうだからなあ。いざ逃げるとなれば茉莉香の方が厄介だろうな」
「むしろいつの間にかそんな考えすら浮かばなくされそうですけどねえ」
「ふふっ、まあそんなに悪い気分でもないさ」

クスリと笑ったンドゥールが淀みのない足取りでテレンスとは逆の方に腰を下ろし茉莉香の頭を撫でた。

「それに先程の言葉は訂正してもらおう。俺はDIO様を裏切った覚えなんてないぞ」
「ほう?」
「俺が死ねば茉莉香は悲しいと言った。茉莉香が悲しむのはDIO様の本意ではない。だから俺は命を絶つことを諦めたんだ。そうでなければ今頃俺は骸を晒していただろうよ」
「そうですかねえ?」
「何か言いたいことでもあるのか?」
「いえ。ただ…なんだかんだDIO様の事がなくったって、あなたは茉莉香にそう言われれば死ねなかったんじゃないかなあと思いまして」

含みを持たせたテレンスをンドゥールが見つめる。盲目の筈なのに射抜くような鋭さを醸しているのは彼の纏う雰囲気が冷たいものになったからか。けれどそれも一瞬でそうかもな、と彼は小さく笑うだけだった。

「…さてホルホース。少し付き合ってもらいますよ」
「ああ?なんかあんのか?」
「この時間ならまだ市場も開いてますからね。食材を買い出しに行くんですよ」
「こんな時に何言ってるんだ?それとも逃げるつもりか?」
「それならわざわざホルホースなんて連れて行きませんよ。…この分だと胃も随分とやられてそうですしね。野菜スープでも作ってあげようかと思いまして。金を払えば厨房くらい貸して貰えるでしょう」
「お優しいこったなあ」
「テレンスの料理も随分と久しぶりな気がするな。楽しみだ」
「誰があんた達の分まで作るって言いました?」
「まあそう言うな」
「まったく…」

もう一度茉莉香の髪を梳いて、どんな夢を見ているのだろうとテレンスはふと思った。せめて夢の中で位幸せでいればいいのに。彼女の眉間に寄った皺を伸ばしながらテレンスは苦笑する。
主の負けを祈るなんてことは執事として失格である。しかし、出来ることならばこの子がまた屈託なく笑う姿を見たいと思っているのも事実で。本当に末恐ろしい子だ。




差し出された手を拒めない
絆されたものだと今更ながら笑ってしまう

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