神隠しの少女 | ナノ






重たい瞼を開くと、真っ赤な夕日と見覚えのない街並みが目の前に広がっていた。ここは、一体どこだろうか。エジプトではない。そう、ここはどう見ても日本だ。先程の一件といい、訳が分からない事が続き過ぎて精神的に疲労してきた。しかも追い打ちをかけるように忘れていた頭痛がぶり返してきて塀に寄りかかる。とにかく承太郎たちと…DIOの所へ行かなければ。そう考える私の耳に、騒がしい声が飛び込んできた。

「スタンド使えばすぐに終わったのによー」
「仕方ねえだろ承太郎さん達にあんま一般人にスタンド使うなって言われてんだからよー」
「そうだけどよお。お前も俺も学ランまでボロボロじゃねえか」
「勝ったんだから別にいいだろ」

承太郎。その名前にそちらを向けば、夕日を背にした高校生が二人。逆光の中でも分かる特徴的なその髪型に、私は息を飲んだ。

「あ?」
「どした?」
「いや、あの子なんか具合悪そうじゃねえ?」
「ああ?」

息をすることも忘れた私に足早に近づいてくる、彼は。

「おいおい、傷だらけじゃねえか!お嬢ちゃん大丈夫かよ?」

心配そうに見下ろす、彼は。私が救うのを諦めた、見捨てた――東方仗助だった。
伸ばされた手を、ガシリと掴む。確かにそこにある体温に、見る見るうちに視界が滲んでいくのが分かった。

「お、おい泣くなよ!傷がいてえのか?今すぐ治してやるから…ってお前、なんか見覚えがあるような」
「助けて…!」

言葉を遮ってそう叫んだ私に、仗助は大きな目を更に見開いた。
お願い、あの子を。私が見捨ててしまった、切り捨ててしまったあなたを、助けて。
ぶわりと真っ黒なローブが視界に広がる。

「スタンド!?」
「これって、まさか!」

慌てふためく二人の声に、耳を貸す余裕などなかった。ただ一つだけを願っていた。
ずっと目を逸らしていた。諦めるしかないのだと。それを抱えて素知らぬ顔で生きていくのが私の罪だと。けれど、もし叶うのならば。救いたかった。優しい優しい力を持った、この子を。




雪が猛々しい声を上げて荒ぶっていた。真っ白な視界の中凍えるような寒さが肌を打つ。

「ここは…?っていうか、まさかあんた」

何か問いたげな仗助に首を振る。今は痛みも疲れもなかった。ただ、口を開くのさえ億劫なほど体が重い。無言のまま、私は指をさす。その先には雪にハマった車が、一台。

「おいおい、まさか、これって…ここは!」
「助けて、あげて」

私と車を何度か見比べた仗助が、一歩踏み出す。戸惑う様な足取りは、進むごとにしっかりとしたものになっていった。学ランを脱いで車体の下に居れる彼の背後に、クレイジー・ダイヤモンドが現れて車体を押した。
走り出した車が、慎重な速度で私の脇をすり抜ける。真っ赤な顔をした幼い少年が、私と隣に浮かぶスピリッツ・アウェイを見比べて小さく笑ったのが、見えた。

「おい、これってどういう…」

言葉の途中で仗助の姿が消えた。それを見届けて、雪の上に倒れこむ。寒さに体が震えたがもう一度起き上がる気力は無かった。
頬に舞った雪が触れるのが分かる。息を吐き出せば白くなって空に溶けた。このまま寝たら死ぬな、なんて冷静に状況を考えるものの、ピクリとも動かない指に苦笑してしまう。目を閉じれば、ずっと手招きしていた睡魔がしっかりと私を抱きとめた。
今日のこの出来事が、何に繋がるのか。私はあの子を救うことが出来たのか。分からない。けれど、強く優しいあの子ならば大丈夫だと、そう自分に言い聞かせる。

「かわいかった、なあ」

笑った幼いあの子の顔は、小さな頃の承太郎にも似ていた。…ああ、承太郎に、会いたいな。承太郎に、ホリィママに、ジョセフおじいちゃんや大切な友人たちに。…そして。

「DIO…」

君に逢いたくて、仕方ないよ。




白い雪が染めていく
体も、意識もなにもかも

[ 2/2 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]