神隠しの少女 | ナノ






何かに引き上げられるように、意識が浮上する。目が開いて自分は起きたのだと理解するよりも先に、不安と焦燥感が身を焼き焦がすかのような苛烈さで襲いかかってきた。

「ああ、茉莉香。起きたの、か…?」

音もなく身を起こした私にダン君が振り向く。怪訝そうに眉を顰める彼を気に留める余裕はない。

「DIO…DIOは…?」
「あ、ああ。今承太郎と戦ってる最中だ。ジョースターや花京院達は負傷したんで財団の人間とホルホースが回収に向かってる。かなり大規模な被害が出てるようで中々上手く入っていないようだがな」
「…そう」

ダン君の言葉に頷きながらも、殆ど全て右から左へと素通りしていく。ただ、彼と承太郎が戦っている、それだけがぐるぐると脳内を巡っていた。吐いた息が、体が震えているのが分かる。私は、一体何にこんなに怯えているのだろうか。DIOのワールドに対抗できるのは承太郎だけだと分かっていた。最後は彼らの一騎打ちになるであろうことも。承太郎の言葉を疑っている訳ではない。承太郎が勝利することも、信じている。承太郎が彼を、DIOを連れて戻ってきてくれると、信じているのに。
絶望が口を開けて迫っている。そんな、恐怖を感じていた。
ドクリドクリと、心臓が大きく脈打つ。それに合わせるように鋭い痛みが頭の中を掻き乱す。フラッシュがたかれる様に目の前が何度も白く染まった。その中に崩れ落ちる彼の姿が――。
頭を抱えた私にダン君が近づいてくる。手を伸ばしたのか空気に流れが出来て、ピタリと止まった。霞んで見づらい目でダン君を見上げる。ピクリとも動かない彼の姿と、状況から時が止まったのだと理解した。五秒以上経った気がするのに、まだ時は止まったまま。ぞわりと背中に寒気が走る。スピリッツ・アウェイの名を呼ぼうとしたその時、今までで一番の痛みが走って思わず髪を強く握りこむ。交差する拳と足。大きく入った亀裂。驚きに目を見開き、そこから光が消え失せて――。

思えばこれは、虫の知らせと言うものだったのだろう。



「茉莉香ッ!?」

驚いたような承太郎の声。私を止めようと伸ばした手をすり抜けて。
崩れ落ちそうな彼の手を、握りしめ飛び込む。見開かれていた彼の目が、さらに大きく開いて。白い頬が、真っ赤に染まった。
力が抜けた手から、握りしめていたメスが滑り落ちるのが分かった。彼の赤い赤い瞳の中で、首を鮮血に染めた私が笑う。亀裂もなく美しいものに戻った頬に手を伸ばして。

「嘘じゃ、なかった、でしょう」

命に代えても、君を守ると言ったのは。ごぽりと気管が鉄臭い血で埋め尽くされる。力を取り戻した大きな手が、私を揺さぶるのをどこか遠いことの様に感じながら、急速に遠のいていく意識の中、最後に見たものは。
美しい姿を取り戻した、愛おしい吸血鬼の泣き出しそうな顔でした。



→To be continue?

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