神隠しの少女 | ナノ






おばあちゃんの葬儀も終わり、村は平穏を取り戻した。あの男の死体が見つかった時は、『悪魔の仕業だ』とまことしやかに囁かれていたが、数日も経てば誰も口にしなくなった。今では休校だった学校も通常通り始まっている。

でも、私はあの日から一歩も外に出れずにいた。

おばあちゃんの葬儀にすら立ち合うことが出来なかった。おじいちゃんを始めに多くの人は、目の前で祖母を亡くしたのだから仕方が無いと思っているようだ。(ディアボロだけは、それに加え、あの男を殺したからだと考えているかもしれない。)
それも間違ってはいない。しかし、それ以外にもう一つ大きな理由が有った。

…スピリッツ・アウェイの暴走である。
気付いたのはディアボロの言うとおり、見回りに行った人々を探しに行こうとした時だ。飾ってあった絵が忽然と消えた。外に出れば、雨に打たれている花が。歩く度に何かが消えてしまった。
幸い、騒ぎになる様なものは消えずに済んだが。

そして今、私の部屋は惨憺たる有様を晒している。そこらに物が散らばり、花瓶や額縁だった破片が光を反射していた。いつの間にか物が消えては、空中に表れ落ちる。その繰り返しに辟易する。
本当ならば、ここを出ておじいちゃんを支えなければならないのに。このままでは怪我をさせてしまうかもしれない。いや、最悪の場合あの男にしたように、おじいちゃんを殺してしまうかもしれないのだ。その考えが浮かぶたびに背筋が凍り、また何かが消えた。

「ここに、居るべきじゃないのかな」

…本当は、そんな考えがただの逃げだということには気づいている。
私は、逃げているのだ。自分自身の罪深さから。

「ッ―…!」

ぼろぼろと涙が落ちる。泣きたいのは、私だけじゃないのに。悲劇のヒロインを演じ続ける自分に嫌気がさす。
スタンドが精神の形というのは本当なのだろう。私は、自分を脅かすものから逃げて、居心地のいい場所に隠れていたいと願う、甘ったれなのだ。辛いことが、通り過ぎることをただ待つだけ。

この世界のヒーローは皆、罪を抱えてる。誰かを傷つけ、時には死に至らしめたこともある。それでも、彼らは覚悟を持ってその罪を背負い、守るべきものの為に道を切り開いていった。私には、その覚悟が無い。

膝を抱えて、小さく小さく体を丸める。私はなんて臆病で、卑怯なんだろう。

グルグルと思考が一転も二転もする。逃げたい、向かい合いたい、逃げたい。私は一体どうしたいんだろうか。
一人、自分の世界に没頭しているとノックの音が部屋に響いた。

「…誰?」

誰だろうか。おじいちゃんは仕事に行っているはずだ。

「俺だ」

扉の向こうから聞こえたのはディアボロの声だった。

「…なに?」
「ここ開けろ」
「嫌」

即座に拒絶を示せば、無言の時間が訪れた。心配してくれているのであろうディアボロには悪いが、今は彼にも会えない。
膝に顔を埋めた瞬間、扉から大きな音がした。慌てて顔を上げれば、更に激しい衝突音がしてちゃちな作りの鍵がはじけ飛んだ。それを唖然としながら見ていると、眉をしかめたディアボロが入ってきた。

「…足が痛い」
「…足で蹴り開けたのね」

想定外過ぎる出来事に思わず普通に返事をすれば、『案外元気そうだな』と安心した顔をするものだから、なんと言えばいいのか言葉に詰まった。

「それにしても…随分と荒らしたな」

部屋を見回しながらこちらに近づいてくる。パリパリと靴底でガラス片が潰されていった。

「顔色悪いぞ」

伸ばされた手に血の気が引いて、叩き落とす。

「…触らないで」

触ったら、ディアボロも消してしまいそうだから。

「…分かった。触らない」

ディアボロは大きくため息をつくと、私と同じようにベッドに腰掛けた。沈黙が部屋を支配する。私はディアボロを見ることが出来なくて、目を瞑った。

「質問が二つある」

その言葉に、私はそっと息を飲んだ。

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