神隠しの少女 | ナノ






ばたりと、扉が閉まった瞬間私は側にあったゴミ箱の中に顔を突っ込んで胃の中の物をすべて吐き出す。喉や口内を焼き付く様な感覚に襲われて涙が滲んだ。

「大丈夫ですか!」

テレンスさんが慌てて水を持ってきてくれる。それを受け取って口をゆすいだ。痛みが激しくて、掛けられた声も上手く聞き取れない。

「ホル、ホースさん、薬。薬…」
「薬!?痛み止めか!?吐き気止めか!?」
「私に、使った…」

ぐらぐらと揺れる視界の中、なんとか通じたらしい彼が小瓶を取り出して手に握らせてくれる。私はそれを震える手で握りしめて、スタンドの中に入った。
ほんの僅か痛みが和らぐが今となってはそれも焼け石に水だ。ぜえぜえと荒い呼吸が他人事の様にすら思えてくる。重たい頭を動かして周りを見ると、固まったヴァニラの姿が見えた。ハンカチに薬を浸み込ませてヴァニラの口に当てる。そんな動作すら酷く緩慢にしか出来ない。スタンド内の時間経過を自由にできなければ今頃ヴァニラに半殺しにされてたかもな、なんて思いながら呼吸を整えて、時間を動かす。…ああ、もしかしてスタンド内での時間操作が出来るから現実で時を止められても多少なら動けたのだろうか。
痛みからの現実逃避の様にそんなことを考えながら、目を見開いたヴァニラが息を吸い…一瞬にして朦朧となったのを確認する。…これなんの薬か知らないけど効き過ぎて怖い。適当にやってしまったけど致死量とかじゃないだろうな…。
そんな事を思いながらヴァニラを連れてスタンド世界から出る。べちゃりと床に倒れたヴァニラはピクリとも動かない。…まあ、呼吸はしてるみたいだし大丈夫、だろう。

「…ラバー、ソール」
「お、おう!なんだ?どうした?」
「…頼んでたとおり、お願い…」
「分かった。任せとけ」
「うん…ダン君も、お願い」
「ああ」

二人が頷いたのを見て、ベッドに体を埋める。ヴァニラを出したおかげで多少はマシになったが、まだスタンドを使うのは厳しいかもしれない。明滅する視界の中、少しでも休憩しなければと拳を握る。
後少しで、全てが終わる。



「無事に、事が済むのかな」
「うん、きっと、ね」
「…曖昧だね」
「ここから先は、私にも、分からないから、ね。でも、皆なら、大丈夫だよ」
「…そう」

頷いた小さな私に私も頷き返す。真っ暗な空間の中目印の様に光る白いワンピースを着た彼女がくるくると回る。裾が翻って花の様だな、と何となく思った。

「頑張ったね」
「…君に褒められるなんて、思ってもなかったなあ」
「私は頑張った人を褒められない位狭量なの?」
「いや、うん…そうではない、と思いたいけど」
「ならそれでいいじゃない」
「うん?うん、そうだね?」

流されているなあ、と思いつつ体調があまりにも芳しくないせいかとりあえず頷いておく。ピタリと止まった彼女は上を見上げた。私もつられて上を向くが、そこは変わらず真っ暗で高いか低いかもよく分からない。
それにしても本当に不思議なスタンドだと自分のことながらしみじみと思う。DIOが名づけてくれた古来からの超常現象の名を冠して恥じない能力だと思う反面、あまりにも能力に際限がない気がしてならない。デス13とマン・イン・ザ・ミラーを合わせて上位互換したようなもんだもんなあ。時の流れを操作できる点やらなんやらも考慮すると凄まじいものになる気がする。惜しむらくはそのチートじみたスタンドの持ち主が私であったと言うことだろうか。出来る限り有効活用したつもりだけど、もっと上手く使える人が他に居るんじゃないだろうか。

「あなただから、良かったの」
「え?」
「あなた一人のものじゃない」
「…どういうこと?」

目の前で笑う彼女に心が少しざわめいた。何故だろう、彼女は私である筈なのに。得体のしれない存在の様な、違和感。

「大丈夫、大丈夫よ」
「あなたは、一体」
「おやすみ…可愛い子」

その言葉を皮切りに、堪えきれない睡魔が襲ってくる。重たくなった瞼を必死で持ち上げようとしているのに、私の意志なんて関係ないとばかりに意識が遠のく。霞んだ視界の中に、ここにある筈のない、金色が――。




「もう二度と私に刃向う気が起きぬまで叩きのめしてやろう。…あれは肉の芽入りの貴様はどうにもお気に召さんようだからな」
「それはこっちのセリフだぜDIO…。テメーが泣いて詫びるまで懲らしめてやるよ」
「出来るものならばやってみるがいい…承太郎!」


そして始まる
最後の戦いが

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