神隠しの少女 | ナノ






ひょいとディアボロの腕の中から茉莉香を取り上げるとポルナレフはこつりと額をくっつける。

「私はジャン・ピエール・ポルナレフ。私の事はご存知かな小さなマドモアゼル」
「…ええ、存じ上げてますわムッシュー」

ポルナレフの演技掛かった言葉に茉莉香も一瞬呆気にとられたが、笑顔で返す。いきなり現れた彼に対する驚きで恐怖も消えたようだった。

「随分軽いなあ。年は幾つなんだい?」
「六歳になりました」
「そりゃあまた随分と若返ったんだなあ。それにしても茉莉香が敬語だと昔を思い出す」
「昔?」
「ああ、君と私たちが長い長い旅を共にしていた時の話だ。君とは喧嘩もしたけれど最後はとても仲良くなったんだよ」
「仲良く?」
「そう。君は賢い子だったから口喧嘩なんかもしたものだ」

想像が付かないのか目を瞬かせる茉莉香にポルナレフはくつくつと笑った。茉莉香に語った昔の事を思い出しているのだろうか。

「で、お前たちは何を喧嘩してるんだ?」
「この餌風情が茉莉香の保護者は自分だと言って聞かんのだ」
「まあそりゃこの年頃の時はそうだったんだから仕方ないだろう」
「ポルナレフ!」
「承太郎も落ち着け。茉莉香が怖がるだろう?」

また身を固くした茉莉香を軽く叩きながらポルナレフは苦笑する。その背に近づいてきたトリッシュやナランチャが茉莉香の頬を突いたり頭を撫でてみたりするせいで茉莉香はどうしたらいいのか途方に暮れていた。

「…なあ茉莉香」
「はい?」
「承太郎が君のお兄ちゃんになったのは聞いたかな?」
「はい」
「そうか。君は承太郎を随分と慕って居てな。お兄ちゃんお兄ちゃんとよく呼んで付いて回っていたんだ。だから今とても寂しいようだよ?よかったらお兄ちゃんって呼んでやってくれないか」

ポルナレフの言葉に茉莉香は少し違和感を覚える。彼に会った時にはもう自分はスタンドを持ちどういった世界に生きているか自覚が有った筈だ。そんな自分が彼をお兄ちゃん、と呼ぶだろうか。第一ディアボロですら初めは元の自分より年若い少年をそう呼ぶのに抵抗が有った。周りがそう呼称する以上名前で呼ぶのは変だろうと、お兄ちゃんと呼んでいていつの間にか慣れたが…それなのに承太郎を兄と?疑問は尽きないが旅したポルナレフが言うのだからそうなのだろうか。それになにより期待するような承太郎の目が断るのを心苦しくする。茉莉香は戸惑いながらも小さく声を零した。

「…承太郎お兄ちゃん?」

茉莉香の言葉に承太郎がピシリと固まったかと思うと、次の瞬間顔を覆って膝をつく。小さく震える肩に茉莉香は慌てるが、抱いているポルナレフも笑いを堪える為小さく揺れていた。

「茉莉香!私の事も兄と呼んでみろ!」

今度はDIOが迫ってきた。しかし流石に慣れて来たのか体に力は入らない。茉莉香は少し考えてこうなれば自棄だとばかりになった。

「DIOお兄ちゃん」
「…悪くない!悪くないぞ!なにか欲しいものがあるか?このDIOお兄様が与えてやろう!」

嬉しそうに笑うDIOを見て茉莉香は自分が知っているDIOとは随分と違うなあと頬が引き攣る。しかしハイ気味になったDIOは気付いていないのか茉莉香をこねくり回していた。

「なあなあ俺も!俺もナランチャお兄ちゃんって呼んでみてくれよお!」
「あ!ずるい!私もお姉ちゃんって呼んでちょうだい!」
「俺も俺も!」
「ちょっとミスタ!茉莉香にワキガが移ったらどうするのよ!」

やいのやいのと詰め寄ってくる面子に茉莉香は体を少し仰け反らせて…にこりと笑った。

「ナランチャお兄ちゃん?トリッシュお姉ちゃん?」
「可愛い!妹っていたらこんな感じだったのかしら!」
「なあ俺は!」
「ミスタおにーちゃん」
「おお!中々可愛いじゃねえか!こんな妹の頼みならなんでも聞いてやりたくなっちゃうぜー」
「本当?」
「本当本当!」

何度もこんなやり取りを繰り返した後、茉莉香はポルナレフの腕から下ろしてもらう。更に一通り撫で繰りまわされ、抱き上げられ、菓子やら何やらを渡される。その合間に茉莉香を強奪して逃げようとしたDIOに承太郎とジョルノがオラ無駄ラッシュを食らわせようとする一幕などもあったが、漸く皆落ち着いてきたところで、茉莉香が目を細めた。

「さてと、皆さんそろそろ満喫したかな?」

今までとは違うたどたどしくない口調に場の空気が静まり返る。

「…アレッシー、いつからだ」
「さ、さあ…」
「さあではない!」
「さあではない、でもないよDIO」

冷たさを含んだ声にDIOがぎこちなく振り返る。視線の先の茉莉香は満面の笑みだと言うのに、酷くお怒りの様子がありありと映し出されている。
言葉もなく皆床に正座をする。それに対し仁王立ちする茉莉香は小さな体だと言うのに途轍もない威圧感を放っていた。

「全く随分と人を好き勝手してくれたものだね」
「そ、それはアレッシーが加減を間違えたのがだな」
「だまらっしゃい。こんな下らないこと考えたのはどうせ君でしょう。なのに謝罪の一言もなく責任を押し付けるとは嘆かわしい」
「WRY……」
「承太郎も何混ざってんの止めなさいよ」
「もうお兄ちゃんって呼んでくれないのか」
「話を聞け。っていうか次それ掘り返したら一か月は口きかないから」
「なんで私まで正座させられてるのかな?」
「思い出したくない数々の恥ずかしいセリフの発端が君だからだよポルナレフ!」

茉莉香の記憶が戻ったのはDIOをお兄ちゃんと呼んで少し経ってからだった。正直それまでの言動が恥ずかしすぎて死にたくなったが、ここは恥の掻き捨てと自棄になった自分を殴りたい。変な脳内麻薬が出ていたとしか考えられない。
言いたい文句が山ほどあってどれから言えばいいか分からず茉莉香は頭を悩ませて、結局一言だけ彼らに告げるのだった。

「まあとにかく…全員自分の言ったことには責任を取って貰おうか?」

にっこりと笑った茉莉香に全員冷や汗をかきながら頷くしかなかった――――。
それから暫くパッショーネ幹部とDIOは文句も漏らさず馬車馬のように働き、承太郎は財団関連の雑用をやらされていったのだった――。結局唯一止めた経歴のあるディアボロだけが、茉莉香の側に行っても怒られなかったのを鑑みると彼の一人勝ちと言うことなのだろうか。



アレッシーパニック!
復讐するは我にあり…覚えとけよ…!


→あとがき

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