神隠しともう一人の彼と
「マリカ…頼みがあるんだが」
「…またなんか厄介ごと?」
申し訳なさそうな顔をしつつこちらを見るディアボロに身構える。彼がこういう顔をしているときは大概書類の山が増えると相場が決まっているのだ。しかしディアボロの口から出たのは思いもしない"頼みごと"だった。
「えーっと、君がドッピオ君、かな?」
「はい!あれ、えっとあなたは…?」
「あー、ボスから何も聞いてないのかな?」
目立つピンクの髪に華奢な体躯。背後からも分かる少しおどおどとした雰囲気の少年に声をかける。振り向いた顔を見てそう言えばこんな顔だったなあ、なんて記憶の劣化に気付きつつ笑いながら問えば、目に剣呑な色が宿る。
「お前…!なんでボスの事を!?まさか…!」
「いやいやいや!ちょっと待とう!冷静になろう!」
今にも飛びかかってきそうなドッピオ君に慌てて両手を上げて攻撃の意志がない事を示す。疑心暗鬼になっているドッピオ君の口から軽妙なコールが鳴り響いた。
「ボス!はい、はい…!ああ、そうでした。…すいません慌ててしまっていて…」
「ボスかい?」
「はい!あ、今代わりましょうか!」
「ああ、お願いするよ」
渡された携帯に向こうは無音。当然だろうこの電話はどこにも通じていないのだから。携帯を耳に当てながら視線はドッピオ君から外さない。
「あのさあ、要件くらいちゃんと伝えといてくれないかなあ」
「…すまない。こいつは少し抜けてるところが有ってな」
「少しって風には見えないけどね。まあとにかく。私はこの子を少し遊ばせてついでに"いざという時用"に動きやすい服を買ってやればいいんだよね?」
「ああ、頼む」
「分かったよ。…この借りは高く付くよ?」
「出来れば値切らせてくれ…」
諦めが滲んだディアボロの声が目の前の少年の口から聞こえるのは随分と違和感がある。苦笑しつつ携帯を切ると幼げなドッピオ君の顔に戻った。
「ありがとう」
「はい。あれ、えっと…あなたに携帯を貸して…」
「私とボスが話してる間何か考え込んでたね」
「ああ、そうでした。…でも何を考えてたんだっけなあ」
「さあ、それより一応自己紹介といこうか。マリカ・クウジョウです。よろしくね」
「ボクはドッピオです!よろしくお願いします!」
ぺこりと頭を下げるドッピオ君に合わせて私も頭を下げておく。
「…さっきはすみませんでした」
「ああ、いいよ気にしないで。…でもボスから今日の事は聞いてたんだよね?」
「はい!…でも」
言いよどむドッピオ君に不思議に思いその先を促す。少し考えてから彼はおずおずと口を開いた。
「ボクより年上で、とても頼りになる可愛らしい方だと聞いていたので…。あ、いや!可愛らしいですけど年上とは思わなかったというか!」
「…うん、分かったから。フォローされると余計辛いからそこまででいいよ…」
体全体を使って慌てるドッピオ君を力無く制止する。あの愚兄…勝手に人のハードルを上げてるんじゃないよ!
「…で、どこか行きたいところとかあるかな?」
「あ、実はこれと言って考えてないんですけど、一つ…」
「ん?何かな?何でも言っていいよ」
年上だし余裕のあるところを見せてやろうじゃないか、まあ外見は上に見えないみたいだけどな!けっ!
「ボスに…いつもお世話になってるので何かプレゼント出来たらな、って」
恥かしそうにはにかむドッピオ君にささくれ立っていた気持ちも癒され頬が緩む。ディアボロの別人格とは思えない程殊勝で可愛いなあ!
「そっか、じゃあ小物とか見に行ってみる?」
「はい!」
元気良く頷くドッピオ君にほんわかしつつ私たちは歩き始めた。
「…ドッピオ君って、いつもこうなの?」
「…はい、すいません」
お互い肩で息をしつつ言葉を交わす。歩き始めて十分と経っていないのにもう二度チンピラに絡まれた。放っておけばディアボロがどうにかしてくれるのだろうが、出来れば面倒なことに巻き込まれたくないので振り切るために全力疾走すること二度。日頃机仕事の上遠出の時はスタンドか車を使っている私の貧弱な足は既に悲鳴を上げていた。今度からもう少し歩く様にしよう。
「…まあ、もう店もそこだし。絡まれないでしょ…」
「…はい」
しょぼんとしてしまったドッピオ君の手を取ると驚いたようにこちらを見る。…さっき一度逸れそうになったから一応手を繋ごうかと思ったんだけど。年頃みたいだしやっぱり嫌だろうか。
「手、嫌かな?」
「あ!いえ!そんなことありません!」
「…そ、そう」
全力で否定されてむしろこちらが一歩引いてしまう。まあとにかく問題ないならいいだろう。少し歩いて目当ての店に付いて戸を開けた。
「あ、そうだ。予算ってあるのかな?」
「は、はい!これだけなんですけど…足りるかなあ…」
私が日頃お土産なんかに使う皮製品のお店なのだが、お値段はリーズナブルなものから少しお高めの物も多いので一応聞いてみる。ここでダメなら幾つか他に候補を上げるべきだが…また絡まれそうだからタクシーかなあなんて思いつつ、尋ねるとドッピオ君がお財布を開ける。
「…あれえ?こんなに入ってたかなあ…」
不思議そうにしているドッピオ君の横から覗きこむと、結構な厚さのお札が詰め込まれていた。…ディアボロの仕業だな、と見当を付けつつ先程逃げ切れて本当に良かったと胸を撫で下ろす。
「…まあ十分足りそうだし色々見てきなよ」
「はい!」
周りを見回すドッピオ君を一歩後ろで眺めていると顔なじみの店員が声をかけてきた。
「クウジョウ様!お久しぶりです」
「ああ、お久しぶりです」
「今日はお連れ様がいらっしゃるんですね。彼氏さんですか?」
「あはは、まあそんな所かな」
「ええ!」
私たちの声が聞こえていたのかドッピオ君が驚いたように振り返る。その顔が真っ赤で思わず吹き出してしまった。
「いや、本当は弟の様なものでね」
「そうでしたか。お似合いだったもので」
「お、お似合いだなんてそんな!」
「そうそうそれはドッピオ君に失礼だよ」
「そ、そう言う意味じゃなくて!」
「はいはい。ほら、早くプレゼント探しておいで」
「…はい」
何故かしょぼんとした雰囲気でドッピオ君はまた商品を見始めた。
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