「何処に行こうって言うんですか?」
暗い夜道に飛び出したホルホースさんの後ろから声を掛ける。肩を跳ねさせた彼の手の中にエンペラーが浮かぶのを見て私は口元を歪ませた。
「攻撃してくる気ならどうぞ?…その後の事もお忘れないようにご注意願いますよ」
「…くそっ!」
彼の手からエンペラーが消え失せたのを見て私も少し肩の力を抜く。
「詳しい話、聞かせて頂けますね」
力無く頷いたホルホースさんとまた宿に戻る。椅子に座りこんだ彼の前に仁王立ちになり、項垂れる彼を見下ろした。
「…ダニエルさんは承太郎たちを連れて行くと言っていましたが。彼を叩きのめしてハーミットパープルを使う可能性もあったでしょう」
「…ああ。だがあいつらは今もここには来てねえ。ダニエルがどう話したかは知らねえが…あいつらはDIOの所に行ったと見るのが正解だろう。…トト神もそう予言した」
ホルホースさんの言葉に唇を噛みしめる。J・ガイルの時と同じように攫われた私を見つけ出すのにジョセフおじいちゃんがスタンドを使ってくれていたらと思ったのだが…。ダニエルさんがどう話を持ちかけたのかは分からないが、トト神の予言は絶対だ。彼らは確かにDIOの所に居るのだろう。
「そ、そんな暗い顔すんなよ!DIOが言ってたぜえ?殺したり無暗に傷つけるつもりはねーって!た、多分肉の芽を植えられるくれえじゃねえか!DIOも承太郎たちも死なねえ!お前の望みどおりだろ!?」
ホルホースさんの言葉に、場違いな笑いが込み上げてくる。ああ、人間って勝手だなあ。私も私以外の人間が、私の大切な人間以外が彼に刃向ってそうなったら同じように言うだろう。良かったね、運がいいよって。誰も死なずに済んで良かったじゃないかって。
けたたましく笑う私にホルホースさんが椅子ごと少し下がる。一歩踏み出して私は彼の首を掴んだ。
「私が!それで満足するとでも!?偽物の彼らでいいと言うとでも思いましたか!」
「や、やめ」
「…そんな訳が、ないでしょう?」
笑いの衝動が嘘の様にスッと消えていく。けれど顔はにこやかなままだ。…狂ってると思われても仕方ないだろう。
「…茉莉香」
震える声で私を呼ぶホルホースさんににこりと、にこりと微笑みかけた。
「私、ホルホースさんには結構お世話になってましたよねえ、色々遊んでもらったり」
私の言葉に彼はきょとんとしてからぶんぶんと頷く。希望が見えたと思っているのだろうか。
「だから選ばせてあげますよ」
「え?」
「楽に死ぬのと、この後の人生苦しんで生きるの、どっちがいいですか?」
サアッとホルホースさんから血の気が引いていくのが分かった。見る見るうちに真っ青になった彼にもう一度訪ねる。
「どっちがいいですか?」
「悪かった!悪かったよ!」
「謝罪が何のたしになると?」
「…すまねえ、詫びることしか出来ねえ。すまねえ!」
私の手を振りほどいて地面に額を擦り付けるホルホースさんを見て、大きくため息を一つ吐き出す。
「…私ね、本当にあなたの事好きですよ。こんなことになっても、いい頼れる友人であったと思います」
「あ、ああ…」
「…祈ってて下さいね」
「え?」
「もしも私が彼らを救えなかったら。そしたら私はあなたをきっと殺してしまうから。だから祈っててください、上手く行くように」
「…分かった、な、何か力になれることは有るか」
「そうですね…何かあれば連絡させて頂きますよ」
力強く頷くホルホースさんから目を逸らす。窓から外を覗くと東の空が僅かに色が変わっていた。夜明けが近いのだろう。
「じゃあ、私は行きますね」
「ああ…」
目を閉じ大きく一度深呼吸をしてスタンドを出す。どこか心配そうな雰囲気の彼女に頷いて差し出された手を握ろうとした。
「茉莉香!」
「…なんですか?」
「本当に、悪かった。俺は、…いや、なんでもねえ」
「…いいですよ。きっと私もそうでしたから」
顔を上げたホルホースさんにそっと微笑み返す。今度こそ私は彼女の手を取った。
愚かな生き物だから私たちは何時だって当事者になるまで痛みに気付けないんだ
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