神隠しの少女 | ナノ






屋上に行くと、見覚えのある小さな後姿を見つけた。振り返ったのは案の定茉莉香で、あの夜の情景と被って思わず踵を返したくなる。それは茉莉香も一緒だったのだろう。気まずそうな顔をしたが引き留められた。
お互い何も言わない沈黙の時間が始まる。話し相手と言うから何かあるのかと思ったが…少し離れて座る茉莉香は何か言いだそうとしては口を噤みを繰り返している。何も話さないなら呼び止めなきゃいいだろ、なんて子供じみた思いも浮かぶが…。

屋上、こいつと二人きり。そんな状況はやっぱりあの晩を思い出させられる。目を逸らしてた、気づかないでいたかったところを直球で抉られたあの夜。初めは何を知った口をと思った。こんなガキが、どこかで聞きかじった様な言葉を振りかざして。だけれど、少し冷静になれば茉莉香が酷く傷ついたような顔をしていたと思うようになった。何かに怯えるように、困惑したように揺れていた瞳。それをもう一度見たのは離脱する前、あの強盗を殺した後のことだ。
殺しちまった男を見て、茉莉香は承太郎の方を振り返った。縋るような目だったと今になれば分かる。けれど仕方なかった、仕方なかったがあいつも…おれも一歩引いちまった。それを見た茉莉香の目に映ったのは悲しみと落胆、そしてあの晩と同じ怯えと困惑。殺してしまったことではない。ただ、大切に思っていた人間に見捨てられた子犬の様な。
その時気付いた。あいつはただ、本当に怯えてたんだと。あの言葉は聞きかじりでもなんともなくて、あいつの本心で。それとは全く違うことを言うおれに怯えてたんだと。それが何故か知ったのは、船で茉莉香の過去を承太郎から知らされた時。
やっぱりあの言葉はあいつの過去から出だものだったのだと知って、もう一度考えた。おれの言い分は、どうだったのか。
シェリーの恨みを晴らした。おれは今でもそう答える。でも、本当にそれだけだったのか。シェリーは喜んでいるのか。それは全て否で。結局あれは全ておれによるおれの為の復讐だった。妹の為と耳触りのいい言葉で包んだ本心はドロドロの悲しみ、怒りと憎しみ。無意識には気付いていたが、気付かないふりをしていたそれを抉り出されそうになっておれはあれだけ取り乱したんだ。そう気付くと情けないやら悔しいやら。
…大人なら、目を逸らしてただろう、おれの様に。本心を詭弁で隠して気付かずにいられるのは年の甲だ。それがまだ幼かったこいつにはきっと出来なかったんだ。自分のエゴを目の当たりにして、で、仲良くしてたのがよりにもよってあのDIOだ。それこそ死が身近にあるような場所で、死に最も近い男と奇妙にも友情とやらを育んで。きっと餌として捨てられた女たちの事も知っていただろう。だがそれでも多分こいつはDIOを選んだわけだ。それもまた自分の我儘だとしっかり正面からとらえりゃ…そりゃきついだろうなあ、と思う。
正直環境が悪かったとしか言えない。こいつに悪い所なんてなかった。運と言うか巡り合わせと言うか…そういうものがああして追いつめてたのだと思うと関係のない俺でも泣けてくる。可哀想すぎるぜ畜生。
承太郎を見るこいつの目はきっとおれがシェリーに向けてたのと同じものだ。大切で愛しくて、守ってやりたい。そんな思いが詰まってて。こんなガキが、と思ったのも過去を知れば全部腑に落ちて。
だから思わず、言っちまった。

「でもな…お前が承太郎たちを守りてえ、って思ってることだけは信じるぜ」

信じらんねーなんて言ったのは嘘みたいなもんだ。理解してもまだわずかに残る蟠りから出た八つ当たりみたいなもん。自分でもガキくせーとは思うが、妙に達観した感じのこいつが悪い。承太郎と言い花京院と言い日本のガキは皆こんな大人びてんのか?わかんねーな。
そう思いながらだらだらと話を続ける。お前が抱えてんのは間違ってねえ、でもそれでいいじゃねえか…上手く言えないが、そう思ってることが伝わりゃいい。

「…ポルナレフさんは自分の事、好きですか?」

茉莉香が妙に深刻そうにそんなことを聞いてくる。きっとこいつは同じ質問をされたら言葉に詰まるんだろう。もしくは日本人お得意の曖昧な笑みで場を濁すのかもしれない。でもな、それじゃ駄目だと思うんだよ。お前は大事にされてる。愛されてんだからおれと同じようにこう答えられなきゃ。

「あ?当たり前だろ!自分が自分の事好きじゃなくてどーすんだよ!」

おれの言葉に茉莉香は少し考えた後、顔を上げてへらりと笑った。

「ポルナレフさん」
「おー?」
「私ポルナレフさんの事も守りますよ。…あなたも私にとって、大事な人ですから」

思いもしない言葉に思わず間の抜けた顔をしてしまった。言われた言葉がしっかり脳みそで処理されて、何とも言えないくすぐったい気分になる。それを誤魔化す様に距離を詰めて茉莉香を掴まえた。

「ばーか!お子様は守られてりゃいいんだよ!」

ぐしゃぐしゃと頭を掻き乱してやれば照れた様に笑いだす。漸く見れた子供らしい顔に内心ほっとする。

「あ…つうか話がずれたじゃねえか!」
「はい?」
「あー…だからな?お前は承太郎も守りてえしDIOも守りてえんだろ?」
「はい」
「さっきも言った通りおれにして見りゃあいつは敵で、悪だ。でもまあお前が救いてえってんなら頑張れよ。まだあいつは死んじゃねえんだ。努力次第でなんとかなんじゃねーか?」
「…それは協力してくれるってことですか?」
「な!なんでそうなんだよ!」
「いや…話の流れ的に?」

こてん、と首を傾げる姿が在りし日のシェリーの姿と被って頭が痛くなる。これはあれだ、押したらなんやかんや言うことを聞いてくれると確信してる奴だ。

「…協力してやってもいいと思えたらな!」
「期待してます」

悪戯が成功したガキみたいな顔をする茉莉香に余計頭が痛くなった。

「あー…そろそろ戻らないと承太郎が心配するかな」
「あー戻れ戻れ」
「はい、じゃあポルナレフさんも風邪引かないようにしてくださいね」
「おお。…なあ」
「はい?」
「ポルナレフでいい。敬語も要らねーよ。…お前仲間なんだろ?」

今度は茉莉香がポカンとした顔をして。

「…あれだね、一人くらい警戒心がちゃんとある人がいて良かったと思ってたけどポルナレフも大概だったね!」
「てんめー!」

ニヤッと笑った茉莉香を一発殴ってやろうかと思ったが、スタンドを使ったらしく一瞬で姿が掻き消えた。…やっぱあいつ可愛げがねえ!信用しねえほうがいいんじゃねえか!?
そんな風に考えながらも、口が弧を描いているのが自分にもわかって。

「…一本吸ったらおれも戻りますかね」

これで風邪でも引いたらあの性悪に何言われるか分かったもんじゃないしな。



夜風の中に
シェリーの笑い声が聞こえた気がした

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