神隠しの少女 | ナノ






この時期のエジプトの夜風は思わず身震いするほど冷たい。そんな寒空の中お互い何も言わずに数分が過ぎた。話し相手と言っても別に何かこれと言って話さなければいけないものもない。強いて言えば彼に酷いことを言ってしまったことを謝りたいが…今更蒸し返すのも気が引ける。引きとめたのにさっさと帰るわけにもいかないし…。

「なあ」
「はい!?」

考え込んでいる所に急に声をかけられたものだから思わず声が裏返る。そんな私にポルナレフは勢いよく吹き出した。

「す、すいません…なんでしょうか」
「ああ、いや」

気が抜けたのかポルナレフはガシガシと頭を何度か掻いてから大きく息を吐いた。

「…正直おれはまだお前の事を信じきれねー」
「ああ、はい。…まあ、そうでしょうねえ」

いきなり敵と現れて、勝手についてきて人を殺した挙句勝手に旅から離脱して戻ってきて…ついでに彼としてはまだ偽船長の一件も訝しがっているのかもしれない。いくら承太郎たちが認めたからと言ってそう簡単に信用できるはずもないだろう。というか、こうして受け入れてくれる人たちの度量が広いと言うか、それとも警戒心が無さ過ぎると言うべきか。一人くらいこうして警戒心を持っていてくれる方が安心できる気もする。

「でもな…お前が承太郎たちを守りてえ、って思ってることだけは信じるぜ」
「ありがとう、ございます」
「ああ。…おれは花京院と違ってDIOと会った時の事をしっかり覚えてる。そのおれからしてみりゃなんでお前があいつを生かしてえと思ってるか理解出来ねえ」

ポルナレフの言うことももっともだろう。DIOは確かに悪と言って差し支えのない存在だ。例えンドゥールさんの様に彼に救われた人間がいても、彼に命を捧げるのを厭わない程心酔する存在が居ても。この世界に生きる大多数の人間にとっては彼は、有害だ。…でも。

「でもよお、お前にとっては大事な存在なんだろ。…エンヤの婆にとってあの野郎が大事な息子だったみてえにな」

反論しようとする前にポルナレフは困ったように笑った。

「あの野郎…Jガイルはおれに取っちゃ何度殺したって気が済まねえようなゲスだったが…エンヤ婆にとっちゃかけがえのない存在だった。それこそ俺にとってのシェリーと同じくらい大事だったんだろうよ」
「…そう、でしょうね」
「だがまあそれでもおれは後悔はしてねえよ。もし今過去に戻れたっておれは同じことをするだろうしな。…お前があの時言ったようにおれの為にも、な」
「あ…あの時は本当に…」
「あー、別に謝らなくてもいいぜ。お前が言ってたのは確かに間違いじゃあなかった」

こちらを見たポルナレフと漸く目が合った。彼の目にもう迷いや苦しみは見えない。

「お前が言ったのは正解だったよ。そう自覚すんのは辛かったがな」
「すみません…」
「だから謝んなって。…おれは今でも仇を討ったと胸を張って言える。あいつの傷つけられた名誉を、恨みを晴らしたってな。でもそれは半分だ。おれは、あいつが憎かった。大事な妹をたった一人の家族を奪い去ったあいつを。その怒りを、憎しみを晴らしたかった。…晴らしたんだ」

ギュッと拳を握ったポルナレフが笑う。穏やかに、強い意志で。

「あいつが、優しかったシェリーが復讐をして喜んでるはずはねえ。恨みなんて晴らしてくれなくていい、そう言って怒ってるだろうよ。シェリーの名誉だの恨みだのもただのおれのエゴなんだろうさ。それでもおれは言うぜ?おれは仇を討った。大切なおれの家族を奪われたおれの仇を。…これが、おれの答えだ」

強いなあ、と思う。本当にこの人は、この人たちは強い。自分の迷いも何もかも認めて受け入れて。背負って前を向こうとしている。認めて受け入れられるか、それが私との大きな違いなんだろう。

「…ポルナレフさんは自分の事、好きですか?」
「あ?当たり前だろ!自分が自分の事好きじゃなくてどーすんだよ!」

なんの迷いも衒いもなくそう言えるポルナレフが眩しい。私も、いつか言えるだろうか。自分の為に誰かを犠牲にして。少しばかり歪んだ罪悪感を背負って。それでもそれでいいと、そんな自分が好きだと。
閉じた瞼の裏にホリィママの顔や承太郎、ジョセフおじいちゃん、典明君に…DIOの顔が浮かぶ。皆が皆全部を知っている訳じゃない。未だに言えない秘密もある。でも、それでも私を受け入れてくれようとしている。そうしてもらえる自分を愛したいと、そう思える自分が今ならいるから。

「ポルナレフさん」
「おー?」
「私ポルナレフさんの事も守りますよ。…あなたも私にとって、大事な人ですから」

ポカンとしたポルナレフが私の頭を盛大に撫でまくる。

「ばーか!お子様は守られてりゃいいんだよ!」

そう言って笑うポルナレフの顔が照れくさそうに赤くなっていて。だから私も同じように笑って見せるのだ。



単純な答え
自分を愛してあげたい

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