神隠しの少女 | ナノ






病室に戻ると、ンドゥールさんが体を起こしていた。

「…茉莉香か」
「医者は明日まで意識が戻らないと言ってましたが…タフですね」
「これしきで倒れていてはDIO様の配下は務まらんよ」

ンドゥールさんは余裕ありげに笑ったが、折れた肋骨はやはり痛むのか胸を抑える。彼の背を何度か撫ぜてから、椅子に腰を下ろした。
何と声をかければいいのか分からず部屋に沈黙が落ちる。簡素な個室を見回して花の一つも買ってくれば良かったな、と思った。ンドゥールさんなら見えなくともどんな花が飾ってあるか分かる気がする。

「DIO様は、こんなおれを何と言うだろうな」

ぽつりと零したンドゥールさんの声は震えていた。

「おれは死ぬことなんぞ怖くはない。しかしあの方に殺されるのは、見捨てられるのだけは耐えられない。おれはあの方に救われた。あの方はおれにとって救世主だ。おれはそんなDIO様の命を果たせないばかりか、不利になる情報をお前たちに与えようとしている」

ンドゥールさんは、声とは裏腹に沈痛な面持ちではない。だけれどその平静を装う皮を一枚剥がせば、きっとそこには溢れんばかりの激情が湛えられている。DIOへの盲目的なまでの崇拝、不甲斐ない自分への怒り、見捨てられる恐怖。
けれど、彼は今情報を与えようとしていると、確かにそう言った。

「…いいんですか」

自分でも勝手なことを言っていると思う。私が彼を勝手に救って、ここに連れてきたのに。彼の思いを確かめるかのような言葉を投げかけるなんて、なんて最低な行為なんだろうか。
ンドゥールさんは言葉を探す様に、何度か口を開閉させる。

「なぜ、お前はおれを死なせなかった?また承太郎達を襲うとは、死のうとするとは思わなかったのか?」
「思いましたよ」
「では、なぜ」
「…ただ生きていてほしかった、では駄目ですか?」

そう、本当にそれだけなのだ。ラバーソールだってデーボさんだってダン君だって。私はただ友人である彼らに生きていてほしかった。出来れば無傷で。だから承太郎たちを襲わせなかったのだ、承太郎たちに何かあれば私は彼らを許せなかったから。ンドゥールさんを止めなかったのは彼が止まる筈がないと分かっていたし…承太郎たちを信じようと思ったからだ。私が守ろうとするだけでは駄目なのだと、傷付こうと傷つけようと前に進むことを止めない彼らの力を信じないのは失礼だと理解したから。

「随分と優しいことだな」
「そうですか?案外性格悪い人間だと自覚してるんですけど」

だって現に今、ンドゥールさんが承太郎たちを襲おうとするなら潰すのは聴覚だろうなと冷静に考えている私が居る。彼がどれだけ心血を注いでその能力を得たかは知らない。だけれどそれは楽なものではなかった筈だ。私はそれを奪うことに躊躇はない。彼の思いも覚悟も、申し訳ないが矜持と言う矜持を叩き折ってでも生かそうとする私は優しいのではなくエゴの塊だろう。それを優しいと取るかは相手次第だ。

「なぜおれに生きていてほしいと思った?」
「はい?」
「DIO様はおれの力を、スタンドを認めて下さった。そしてあの方の配下としての居場所を与えて頂いた。ではお前は何故おれに生きていてほしいと思った?何を認めた?」
「何を認めたって…」

何もない所を見つめて考え込んでみる。別に私はンドゥールさんが持っている情報が欲しかったわけではない。どんな能力を持った誰が来るかは私がよく知っている。彼のスタンド能力とそれを使いこなす身体能力は凄いと思うが、別にこの旅においても、終わった後待っていてくれる筈に平穏にもとりあえずは必要ない物だろう。

「…正直、私はあなたが望む様な答えは何も持ってません。ンドゥールさんの力は凄いと思うけど私には必要もないし」
「だろうな」
「DIOにしていたように忠誠が欲しいとも、誓ってもらえるとも思ってません」
「ああ」

穏やかに相槌を打つンドゥールさんの心中はどんなものだろうか。それは分からないけれど、彼に嘘はつけないということは分かっている。だから私は私の中の真実を告げるしかないんだろう。

「あなたと承太郎を比べたら私は絶対に承太郎を取るし、あなたがまだ危害を加えるならどんな手を使っても止めます。でも、あなたが、私の手の届くところで死ぬことは絶対に許しません。私はンドゥールさんの事大好きなんですよ。案外突拍子もないことしたり、ボインゴとかの子供の面倒見が良かったり。そんな他愛もない、下らない所で私はあなたが好きなんです。だから死んでほしくないし死なせない。ただそれだけです。…駄目ですかね?」

なんだか採点を待つ生徒の様な気持ちになりながら、表情の読めないンドゥールさんの顔を窺う。彼は少し顔を伏せたかと思うと、小さく肩を震わせ始めた。

「…何笑ってるんですか」
「いや…なんとも熱烈な告白をされたものだと思ってな」

肋骨を庇いながらも笑いを堪えきれない様子のンドゥールさんに、見えないと分かっていてもそっぽを向く。素直な気持ちを告げたのだが、言われてみればそうとしか聞こえないような言葉を並び立てていたのだと気付けば頬も赤くなろうと言うものだ。

「で、返事はいかほどの物なんです?」

やけっぱちになってそう尋ねれば、漸く笑いを止めたンドゥールさんは晴れやかともいえる顔をしていた。

「好きにしろ」
「はい?」
「お前が言ったのだろう。おれが捨てた命をお前が拾った以上、おれの命はお前の物だと。頑固なお前の言うことだ、死なせてもらうことも出来ず、襲うこともできない以上おれに選択肢などない様なものだろう?この上聴覚まで失うのは避けたいしな」

ニヤリと笑うンドゥールさんに何処までお見通しなのだと頬が引くつく。

「…じゃあさっきまでの問答は何だったんです?」
「愚痴を言うくらいは許して欲しいものだな。それくらいは拾ったものの責任だろう?」

なんとも意地の悪い笑みを浮かべるンドゥールさんに、額に手を当てて宙を仰いだ。

「…そういえばンドゥさんって性格が悪いと言うか…いい性格してましたよね」
「お前と同じくな」

肩の荷が下りた様な、逆に疲れた様な気分になりながら大きくため息をついて、彼の膝の上に体を投げ出す。

「まあ、そんなところも好きですよ」
「おれもお前が可愛くて仕方がないよ」

頭を撫でられながらはいはい、なんて思いつつ私は頬が緩むのを感じていた。




拾い上げて、拾い上げて
いつかこの手に溢れるほどになれば、それはどれだけ幸せだろう

[ 4/4 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]