神隠しの少女 | ナノ






目標のもの…イギーを拾った承太郎がピタリと足を止めた。話している内容は聞こえないが、何を言っているか知っている私はそんな場合じゃないと思いながら、思わずこっそり笑ってしまう。こんな状況であんなにも冷静に行動できる承太郎を素直に尊敬したい。

イギーがスタンドに掴まれて空に浮く。それを承太郎が飛び上って掴んだ。彼が居た場所をゲブ神が通過したのを見て分かっていても安堵のため息が出る。
スタープラチナの様に遠くまで見通せる訳ではないので、座席の下に落ちていた双眼鏡を拝借して承太郎の動向を探る。一度大きく地面を蹴って高度を上げるが、あれで承太郎が空中から向かっていることにンドゥールさんは気づいただろう。もう双眼鏡を使ってもかなり小さくなってしまった承太郎を見逃さない様に注視しながらタイミングを計る。彼の忠誠心と、誇りの高さを私は知っている。DIOへの忠誠こそが彼の命であり誇りッ!それを叩き折ることが私に出来るのか。
イギーが承太郎を地面に擦り付けはじめる。そんなイギーを承太郎は勢いよく投げつけた。それを見届けると、目を閉じて一度深呼吸をする。それでも胸の高鳴りは落ち着かない。

「スピリッツ・アウェイ…行こう」

承太郎がンドゥールさんの背後に辿り着いたのと同時に私は少し離れて彼らの正面に出る。承太郎と目を合わせて一度頷いた。ンドゥールさんは漸く杖を手に取る。
イギーはいきなり現れた私にも驚いたようだが、それよりも自分を投げた承太郎への恐怖が勝ったのだろう。ヒッ!と鳴いて地面に伏せた。その反応で背後の承太郎に気付いたンドゥールさんが息を飲む。

「そうか…そこまで近づいていたとは…」

ンドゥールさんは言葉を続けるが、それらは私の耳を通過していく。痛いほどに高鳴る心臓が聞こえてしまうのではないかと気が気ではない。後ろでイギーが鳴いた瞬間ゲブ神とスタープラチナの拳が交差して――今度地に伏せたのはンドゥールさんの方だった。

「致命傷じゃあない……」

承太郎の言葉を聞いたンドゥールさんがニヤリと笑った瞬間、ゲブ神が動き出し、彼の米神をぶち抜こうとしたその時。一瞬早く私のスタンドがンドゥールさんに触れ、ゲブ神は空を切った。

「…茉莉香」
「…ごめんなさい、ごめんなさいンドゥールさん」

膝に乗る彼の頭を掻き抱く。右手を伸ばして、そっと彼の心臓の上へと置いた。

「退け、茉莉香」
「断ります。どうしても死にたければ私の体ごと撃ち抜けばいい」
「…そんなことが出来るわけがあるまい。DIO様が悲しまれる」

震える右手にンドゥールさんの手が重なる。確かにそこにある体温に、掌の下で脈打つ心臓に安堵の余り涙が滲みそうになるのを必死で堪えた。

「…死なせてくれると、思ったんだがな」
「やっぱり気付いてたんですね」

苦笑すればンドゥールさんも同じように苦い笑いを浮かべる。あれほど高鳴っていた鼓動を彼が聞き逃すはずはなかったのだ。私が居れば死ぬことはできないと分かっていただろうに。それでも彼は承太郎に挑んだ。私は彼の信頼を、裏切ったのかもしれない。そう考えて、もう一度謝罪の言葉が口をついて出る。

「そう言うなら死なせてくれ」
「それは、ダメです。だって、あなたの命はもうあなたの物じゃない」

見えない目を見開くンドゥールさんに笑いかける。不思議だけれど、彼はきっと私がどんな顔をしているか見当がついているんだろうな、と思う。

「あなたが捨てた命を私が拾ったんです。ならもうあなたの命は私のものでしょう?」
「…随分と強引で不遜な物言いだな」
「強引でも不遜でも理不尽でもなんでもいいんですよ。捨てる神あれば拾う神ありって言うじゃないですか。私があなたを拾った神様なんですよ」
「神様、か」

呆れた様にンドゥールさんは笑って、大きく咳き込む。慌てて背を起こすと、暫くして咳が止まった。

「…私はどうするべきなのだろうな。このままでジョセフ・ジョースターのスタンドによってDIO様に不利な情報を引き出されるだろう…だが、ここで死のうとすれば、お前を悲しませることになる。それもまたDIO様は望むまい」
「だから言ってるじゃないですか。あなたの命はもう私のものなんだからそんなこと考えなくたっていいんですよ。生きてください…お願いだから、生きてください」

無様に声が震える。こんな泣きそうな顔を時少し離れた所でこちらを見る承太郎に見せたくなくて、ンドゥールさんの服を掴んで俯く。そんな私に彼はため息を一つ吐いて、くしゃりと頭を掻いた。

「おれの命はお前の物、か」
「そう、ですよ」
「…お前は卑怯だな。そんな泣きそうな顔をされてはこちらが我儘を言っているような気分になる」
「我儘言ってるんですよ…って言うか本当に見えてないんでしょうね」
「この目だぞ?見える筈があるまい?…それにお前ほど我儘を言ってるつもりはない」
「でもその我儘、聞いてくれるんでしょう」
「…本当に、お前は卑怯だな」

困ったように、でも優しく笑ったンドゥールさんはもう一度咳き込むと、限界だ…と言って意識を手放した。それを確認して近づいてきたンドゥールさんを承太郎に託す。

「もう大丈夫なのか」
「分からない…けど、大丈夫だと思うよ」
「…そうか」

ンドゥールさんを担ぎ上げた承太郎が歩き出すと、帽子を咥えたイギーが近づいてくる。承太郎が謝罪と感謝の言葉を告げて被ると、動きが止まった。

「ガ…ガム……だ。こ…このくそ犬……ただモンじゃねー…」

吹き出すと承太郎にじろりと睨まれる。下手な口笛を吹きながら目を逸らすと、丁度前輪が無くなった車で皆が近づいてくるところだった。

「行こう、承太郎」
「…やれやれだぜ」

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