神隠しの少女 | ナノ






承太郎は一人、部屋の中に立ち尽くしていた。いきなり現れた私に、一瞬目を見開いた後何を聞くでもなく、座れよ、と呟く。少し考えて側にあったベッドに座ると、承太郎も隣に座った。重みに傾いだのに任せて彼の腕に頭を寄せれば、ピクリと反応したが何も言わない。無言が続く中私はそっと目を閉じた。
…やはり、承太郎だったのだ。なんとなく話を聞いた時にそうじゃないかと思った。だってこの世界は何時だって、有って欲しくない事ばかり起こるのだから。

「承太郎、ごめん」

またピクリと承太郎の肩が揺れる。私は目を閉じたまま言葉をつづけた。

「ごめん、ごめんね」
「何を言ってんだ」
「ごめん。私が居たら、君にこんな思いをさせずにすんだのに」

ツンと鼻の奥に痛みが走る。涙が出そうになってなんとか押しとどめた。この旅の中で私が決めた一つ。承太郎の前では泣かない。この優しい子はきっとそれに心痛めるから。だから承太郎の前では泣かないと、決めていた。

「ごめんね」

震えそうになる呼気を抑えて、もう一度謝った。謝ったって何もならない、ただの自己満足だと分かっていてもそうとしか言えなかった。

「勝手な事言ってんじゃねえ…!」

怒りを押し込めているかのように、承太郎は低い声で唸る様にそう言った。肩を掴まれて、彼の方を向かされる。今日初めて二人の目がしっかりと合う。承太郎の瞳の中には後悔や苦しみの色は無い。有るのはただただ深い悲しみと怒りだけの様に感じられた。

「悲しませてごめんね」

私が居れば、悲しませずに済んだのに。この子に後悔が、苦しみが訪れるのは何時だろう。今夜か明日かそれともこの旅が終わった後か。それを想像すると、心の内がさざめきたつ。少し血の気が引いた白い頬に手を這わせる。承太郎は痛みをこらえるかのように顔を歪ませた。

「お前が、謝る必要がどこにある」
「私が居たら」
「お前が居たら?お前が居たらどうだってんだ」

私が、居たら。君にこんな思いはさせなかった。そう伝えたいのに、それは言ってはいけないと誰かが囁く。

「俺は、後悔なんざしてねえ。こうなることの覚悟は、決めてた」
「じゃあ、なんでそんな悲しい顔をしてるの?」

傷付いたんでしょう?苦しんでるんじゃないの?ねえ、お願い。そんな無理はしないでいいの。

「お前のせいだろ」
「え?」
「俺は、おふくろを助けたかった守りたかった」
「うん」
「だがな、お前の事も同じように思ってんだよ」

掴まれたままだった肩が、痛みを訴えるほど強く、握られる。

「俺は、お前に守られたいんじゃあない、守りたいんだ」
「承太郎…」

私を射るその目は、初めて見た時と同じ透き通る綺麗な色。だけれど私を掴む手も、顔つきも、全部全部大きく成長していて。目には彼の言った通り強い覚悟の色が浮かんでいる。

「お前が手を汚せばいいなんて考えるんじゃねえッ!」

承太郎の怒りは、悲しみは私に向けられたものだったのだ。彼の代わりになろうとする私への。自分勝手な私の庇護に、承太郎は苦しんでいる。
成長、しているんだ。分かり切っていた事のはずなのに、そんな言葉がすとんと胸に落ちてくる。彼はもう守られるだけの子供ではなく、自分の力で道を切り開いているんだ。後悔も罪悪感もなにもかも、それらを背負う覚悟を、私なんかよりもよっぽど強くて尊い覚悟を、決めている。
私は承太郎を、見くびっていたのだろう。そして同時に夢を、見ていた。何時までも繊細で優しく、清い天使の様な子。私と、対照的な愛しい子。そうであって欲しいと、望んでいた。自己中心的な押し付けを、彼にしていた。

「ごめんね、承太郎」

先程までとは違う意味を込めて謝る。苦しめていたのは…私だった。


「ほらよ」
「ありがとう」

差し出されたコーヒーを一口すする。心の内を吐き出した承太郎は少し気恥ずかしいのか、少し離れてそっぽを向きながらコーヒーを飲んでいた。先程成長したんだと思ったのに、そんな動作に可愛いなあ、なんて思ってしまう。でもそれで正解なんだろう。この子はもう18才でまだ18才なのだ。日頃は冷静だのなんだの言われていても、こうして子供っぽいところも見せてくれる。私がそんな存在であることを喜ぶべきなのだ。

「なあ…戻って、くるのか」

ぽつりと零されたそれに、どう返そうか悩む。ここに来るまでは何と言われようと戻ろうかと思っていた。私が居るせいで流れがおかしくなって彼らに危機が訪れるよりも、もうこの子の手を汚させない為に。だけれど今は違う。そう考えるのは彼に、彼らに失礼なのだ。…ラバーソールの言った通りなのはなんだか悔しいが。

「…まだ戻らないよ。ちょっと試したいことが日本に残ってるんだ」
「試したいこと?」

不思議そうな顔をする承太郎に下手くそなウィンクをしておく。
ねえ承太郎。望めない事だと分かっているけれど、ゆっくり成長していっておくれ。今度は私が君の為にすることを間違わない為に。キョトンとした顔をする可愛い子にそっと微笑む。



目まぐるしく変わっていく
君を二度と悲しませない様に

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