神隠しの少女 | ナノ






奇しくもその日は、クリスマスイヴだった。忙しない旅の中ですっかり忘れてしまって居たが、平和な日本では例年のごとく街中はキラキラと彩られている。
朝からホリィママ(お母さん、よりママの方がいいらしい。何でも承太郎がそう呼んでくれなくなったのが悲しかったそうで)に連れられて買い物に出かけて、まだ病み上がりのホリィママをなんとか説得して帰ってきたのが、お昼前。家に入ると空条家の空気が少し硬いものになっているのに気が付く。

「…何かあったの?」
「さあな」

通りかかったデーボさんを捕まえて聞くも、芳しい返事もなく。足早に動く財団の人達を見ていると、見覚えのある人を見つけた。

「お兄さん」
「茉莉香さん!帰ってたんですね」
「ええ。…何かあったんですか」

お兄さんはもう元気になったのか、今日もピシッと背筋を伸ばしながらニコリと笑った。しかし、私の問いかけに苦い顔をする。

「承太郎たちに何かあったんですか」
「いえ…まだ詳しいことは何も」
「まだ?まだってどういうことですか?」
「…セスナを購入するはずだった村でスタンド使いと戦闘が有ったと報告が」

ヒュッと、自分の喉が鳴ったのが分かった。セスナを購入するのはヤブリーン村、つまりマニッシュボーイが待ち伏せしている場所である。

「村に向かっている途中で交戦したんじゃなくて、村に着いてから、ですか?」
「よく知ってらっしゃいますね。村に行く途中でスタンド使いに襲われたそうですが…そちらは無事撃退して今頃財団の者が確保しているはずです」

つまりサン戦はもう終わっていて、やはりマニッシュボーイとの一件で慌ただしくなっているのだ。私の計算と…二日違いで。一体どこで間違えたのか。そう考えて一つの結論に辿り着く。彼らは私が去った後直ぐにガラチを去ったのだ。冷静に考えれば当たり前だろう。唯一の目撃者である女性を確保しているとはいえ、あんな惨事が起こればダン君と遭遇した一件で警官に見咎められている彼らに容疑がかかる可能性はある。それでなくとも一行の組み合わせは目立つのだ、現場の方へ歩いて行ったのを見て記憶している人間もいただろう。財団の人達が迅速に処理してくれてもあれだけの血液が流れれば完全に証拠を消すことは難しい。

「…村で、戦闘が有ったと言いました、よね?」
「ええ。…どうやら死者が出たようです」

その言葉に背筋に冷たいものが這う。一気に青褪めた私に気付いたお兄さんが慌てた様に手を振る。

「ジョースターさん達に負傷者はいない様です、その点は確認できています」
「そう、ですか」

詰まっていた息が漸く吐き出せた。…DIOの所に連れて行くのが目的とすればマニッシュボーイ一人ではどうにもならなかったのだろう。眠らせて夢の中で無力化するにしても、最終的に彼らを運ぶ人手が必要なのだ、彼は赤ん坊なのだから。つまり死んだのはマニッシュボーイ本人か、その手助けをした人間か。そこまで考えて安堵してから一気に冷や汗が噴き出る。
ちょっと待て、待ってくれ。承太郎たちに死者が出なかったのは喜ばしいことだ。でも、じゃあ。
誰 が 手 に 掛 け た ん だ ?
自分の呼吸が浅くなっていくのを他人事のように感じる。マニッシュボーイがそう言う手を打って来ることは想像していた。だからこそ先に彼を確保しておかねばならないと考えて…考えて?考えていたからってなんだというのか。自分の保身ばかり考えて私は彼らの下から去った。さっさとマニッシュボーイを捕まえていれば何も起こらず彼らはセスナを手に入れたはずなのに、私はそれをしなかった。自分の事で精一杯で。
胃の中のものが競り上がってくるような不快感。そしてそれは現実となって襲いかかってくる。トイレに駆け込んで、溜まったものをぶちまけた。焼けるような喉の痛みに薄く涙の膜が出来る。
私が、マニッシュボーイの企みを阻止で来てたら。彼らが誰かを手に掛ける必要なんてなかったのに。どうしてこうも上手くできないんだろう。
ガンガンと痛む頭を抱えて、蹲る。なんで、どうして。意味のない言葉がグルグルと頭の中を回っては、誰か別の存在に責任を押し付けようと狡い私が顔を出す。でもこれは全部自分のせいだ。弱い私のせい。

「茉莉香、大丈夫かー!」

ドンドンとラバーソールが扉を叩く。ゆっくりと扉を開けると、彼は大きく顔を顰めた。

「ひっでえ顔」
「…知ってる」

ラバーソールは手に持っていた濡れタオルでごしごしと私の顔を拭いてくれた。

「…どうしよう。私また失敗しちゃったみたい」
「…別にいいんじゃねえの?あいつ等だって全員生きてんだろ?問題ねーじゃん」
「そうじゃなくて!」

気楽な声のラバーソールに思わず声を張り上げる。

「もしかしたら、承太郎が、あの子が!誰かを殺した、かもしれないんだよ…」

優しいあの子が、美しくて尊いあの子が。私のせいで誰かを手に掛けたかもしれない。汚してはいけなかったのに、命に代えてでも私はあの子をそういったことから守りたかったのに。
俯く私にラバーソールは大きくため息をついて、グイッと私の顔を上に向かせる。

「お前さあ、それ失礼だろ」
「え…」
「あいつ等は全員そういう可能性を考えて旅立ったんじゃねーのか?坊さんじゃあるまいし自分が殺されかけても相手を殺さないでどうにかするなんてあまーいお優しいこと考えちゃあいねえだろうよ」
「…それは、」
「…んな気になんなら顔でも見てこいよ。それでお前が考えてんのが正解かどうか分かんだろ」

ラバーソールの言葉に、少し考えてから頷く。彼らの下に行く気まずさや、恐怖よりも心配の方が勝った。けれどこの期に及んで、手を下したのが承太郎じゃなければいいと願うのは浅ましいことだろうか?

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