神隠しの少女 | ナノ






初め、何が起こったか分からなかった。花京院の声に振り返れば、あいつは米神に銃口を当てられていて。一瞬度肝を抜かれるが、反射的に出したスタープラチナに何の反応もせず、金を出せと喚く姿に肩の力が抜ける。花京院も敵のスタンド使いではなくただの強盗だと気付いて苦笑していた。
緊張感のない俺達に男は更に声を張り上げる。とりあえず一発殴って気絶でもさせようとしたその時。男の前にゆらりと影が現れた。真っ黒なローブの様なものを被ったその姿はもう何度も見たものだ。茉莉香のスタンド。一体どうするつもりなのか問おうとした瞬間、拳銃を持っていた男の手が消えた。勢いよくあふれ出した血液に一瞬の間をおいて男が絶叫する。男の血を浴びて真っ赤になった花京院の顔が唖然としていた。誰もが何が起こったか理解できずに呆然としている内に、少しずつ男の体が壊れていく。それを行っているのが茉莉香のスタンドだとやっと気づいて、茉莉香を止めようと肩を掴む。
しかし茉莉香は俺の方を振り向きもせずに、真っ青な顔をして見開いた目を男に向けていた。その間もスタンドは動きを止めることなく、男に触れてはまた新しい血が流れた。
もう呻くこともしなくなった男は既に事切れているのだろう。恐怖と苦しみに満ちた男の顔に手が伸びて…スパっと切れ味のいい刃物で切り取ったように男の顔は左側だけになった。

「茉莉香!茉莉香!止めろ!」

思わず力の加減も忘れて茉莉香の体を強く揺さぶる。漸く焦点があった茉莉香がぽつりと典明君は?と言葉を発した。そのまま茉莉香は俺の横から顔を出して、息を飲んだ。そして悲鳴のような声で、スタンドを止める。先程の様子から薄々分かってはいたが、無意識のうちにスタンドを動かしていたらしい。ぎこちなくこちらを見てくる茉莉香に体が強張る。それを見た茉莉香はそっと顔を伏せた。
悲鳴を上げようとした女をスティーリー・ダンが押さえつけ、一旦ホテルに行くことになっても茉莉香は顔を上げない。

「私はどうしたら、いいのかな」

その言葉に何も言えずにいると、じじいがとにかくホテルに帰れと告げる。今の茉莉香は今にも倒れてしまいそうだった。それでも動かない茉莉香の背をじじいが押す。力無くそれに従う茉莉香にどう声をかければいいのか分からなかった。


ホテルについてもそれは変わらずに、沈黙が場を支配する。その内にぽつりぽつりと会話を始めた二人の話に耳を傾ける。平気になった?ホルホースに協力して貰ってた?頭に押し当てているのがダメだった?頭に入ってくる内容は全て俺の知らないものばかりで。

「一体、何の話をしてるんだテメーら」

茉莉香の肩が震える。俺から顔を逸らして茉莉香は強く目を閉じた。一度強く唇を噛んで茉莉香は小さな声で話し出した。

「…前におばあちゃんが私の目の前で殺されたって話はしたよね。その殺され方が、銃殺だったんだよ。…頭を撃たれたんだ。そして私は、その加害者を殺した」

思いもしない告白に頭が一瞬白くなった。強張らせた肩に茉莉香は何を思ったのか。

「…承太郎、私少し皆から離れるよ」

そう言った茉莉香に視線を向ける。今茉莉香にとって、行くなと言うべきなのか、行けと言うべきなのか。どちらが茉莉香の為になるのか分からない。結局何も言えない俺に目を向けることなく茉莉香は話を続けた。

「悪いけどダン君は連れてかせてもらうね」
「…まあ私は食うものと寝る所に困らなければ何でもいいが」
「茉莉香…」
「承太郎、ごめんね」

やっと口からこぼれ出たのは彼女の名前で。それは何も伝えられなかった。伝えたいことが定まっていないのだから当たり前かもしれない。茉莉香は悲しそうに眉を寄せて。もう一度俺に謝りの言葉だけ残して姿を消した。
…それは一体何に対する言葉なんだ。そう尋ねたくとも、それはもう叶わなかった。

「くそッ…!」

力任せに殴ったベッドから、埃が舞う。それにますます苛立ちながら奥歯を噛みしめた。
なあ、俺はお前になんて言ってやればよかったんだ。

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