神隠しの少女 | ナノ
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「#幼馴染」のBL小説を読む
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「辛い思いを、していない?」
「…?」
「じゃあなんで、あなたはあんな辛そうな顔をしていたの?」

怪訝な顔をしていただろう私にホリィママは言葉を続ける。帰ってきた私の顔はとても辛そうだった、と。そう言われて私は言葉に詰まった。承太郎から離れて少しは冷静さを取り戻したつもりだった。少なくとも優しいこの人に心配をかけないよう取り繕える程度に。

「分かるわ、だって私あなたのお母さんだもの」

優しい、優しいその言葉に息が震える。なんで、どうして。どうしてこんなに優しいのか。

「ねえ、お願い話してちょうだい」

手の力が籠められる。私を見る目には責める色なんて少しもなくて、広がるのは慈愛の心だけで。何もかも、話してしまいたくて口を開いては閉じる。言ってはいけないと分かっている。分かっているのに。

「あなた一人で背負うのはもう止めてちょうだい…!」

ホリィママの頬に一粒の涙が伝う。震える唇が喉が声を作ろうとする。それを押しとどめておくことが出来ない。ああ、でも。言ってどうなるというのだろう?私の罪をすべて吐き出して受け止めてもらえるとでもいうのだろうか。そんなこと有り得るのだろうか。
有り得たとして、それを私が享受してもいいのか。こんな私がそんな幸福に見舞われていい筈がない、そう思うのに。
だけど私は…許して欲しかった。今ならば何故承太郎に過去の罪を教えてしまったのか分かる。私は、私は。醜くて卑怯で汚い私を、知ってほしかった。知って許して欲しかった。それでも家族だと、愛していると言って欲しかった。傲慢な願い。願うこともしてはいけないような、願いだ。

「お願い…!」

これは、神様からの救いかそれとも悪魔の誘惑か。望みを手に入れるか一生喪うか、後者の確率が高いのは分かっている。それでも私は賭けたかった。血を吐くような辛い事実だけれど、この人に隠し事をしたく、なかった。

「私、は…」

震える奥歯を噛みしめて、私は口を開いた。
祖母の仇を討ったことも、DIOの館で彼の為の大勢の犠牲を受け入れたことも、友人や承太郎の為に幾人も殺したことも、隠しておくべきことを洗いざらいぶちまける。
一度言葉を切って、大きく息を吸った。今どんな顔をされているのか見る勇気は無くて、強く目を閉じたまま私の唇は俄かに吊り上る。それは、自分に対する嘲笑だ。

「でもね…私は悪い事をしたと、思えないんだ」

どれだけの命を見捨てたって、奪ったって。それを悪いとは思えない。悪いとは思えない自分が、恐ろしい。悍ましいエゴの塊だと、思う。
強張る私の頬に、柔らかいものが触れた。覚悟を決めてゆっくりと開いた目にぼろぼろと泣くホリィママの姿が映った。

「気付いてあげられなくて、ごめんなさい」
「…謝らないで」

謝られるようなことされてない。むしろ私が謝るべきだ。こんな子でごめんなさい。ごめんなさい。

「私、承太郎や茉莉香ちゃんの為なら人だって殺せるわ」
「え…?」
「大切な子供のためにならなんだって出来る。言ったでしょう?私はあなたたちの母親なんだから」

そうじゃない、だってあなたは優しい人だから。そんなことをしたら、きっと苦しんでしまう、壊れてしまう。だからそんな目に合わせたくなくて。

「あなたは、大切な人の為に他人を犠牲にするのを悪いとは思わなくて、思えなくて。そんな自分をずっと責めてる。ねえ、それは人を殺して悪いと思ってるのとどう違うのかしら」
「で、も」

私は、私は。皆と違って。承太郎たちのように見ず知らずの人の為に戦いに身を投じるなんてできない。他人を尊いなんて思えない。そんな私が皆と同じなんて筈がない。

「例えあなたが他の人から見てどんなに悪い子でも。誰もがあなたを責めても。あなたが…茉莉香が自分を許せなくて嫌っても。私はあなたを愛してるわ」

視界が歪む。溢れんばかりになった涙で滲む視界で彼女は美しく笑った。

「世界中があなたの敵になったってね、私はあなたの味方よ。何度だって言うけど私はあなたの母親で、茉莉香は…私の大切な娘なんだから」




聖母の微笑み
その許しだけで、生きていける

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