「ホリィさんお車の準備が出来ました」
「あら…でも茉莉香ちゃんが」
「何か用事?」
「病院に診察に行かなきゃいけないの。もう大丈夫だと思うんだけど」
「行かなきゃ駄目だよ。何日かこっちで休んでいくつもりだし話は帰ってからでも出来るじゃない」
「…分かったわ」
「じゃあデーボさんよろしくね」
「ああ」
唇を尖らせながら出ていくホリィママと後ろを歩くデーボさんに手を振って見送る。ホリィママには悪いが丁度良かった。のんびりお茶を啜っているラバーソールとダン君ににこりと笑いかけて。
「さ、君達には働いてもらおうかな」
「へ?」
「…また何か面倒事か」
きょとんとするラバーソールとダン君を手招きして。…全くやることがあるって言うのはいいね、悩まずに済む。
「おかえりなさい」
「ただいま。…」
帰ってきたホリィママを迎えれば、ジッとこちらを見つめられる。何かおかしなところがあっただろうかと首を傾げていると、彼女は花が綻ぶように笑った。
「やっぱり家族が家に居るっていいわね、…嬉しい」
そう言って笑うホリィママに心が痛む。どれだけこの優しい人に心配をかけてしまって居たのだろうか。唇を噛みしめたくなるが、そんな顔をしても喜ばないのは分かっている。だから私も一生懸命笑った。少しでも心配を減らしたくて。
食事はラバーソール達と一緒に取ることになった。思っていた以上に我が家に馴染んでいる二人に白い目を向ける。この人たちちゃんと自分の役目を覚えているのだろうか。
結構な量を用意していたのにもうお皿の上には何も残っていない。作った側としては嬉しいが…この三人は遠慮と言うものはどこかに置いてきたらしい。
「じゃオレらは後片付けでもしますかね」
「あらいいのよ?」
「いやいや積もる話もあるでしょ?」
ぱちんとウィンクしたラバーソールが残り二人を連れて出ていく。…あんな気遣いが出来る子だったなんて目から鱗が三枚くらい落ちた気分だ。
「茉莉香ちゃん」
唖然と三人が出て行った方を見ていると、ホリィママに呼ばれる。その声音は真剣さを孕んでいて、思わず姿勢を正した。
「おかえりなさい」
「…ただいま」
微笑みを携えながらも真っ直ぐにこちらを射る視線にどうしたらいいか分からなくて視線を落とす。手元にあった湯呑を持っては離すというのを繰り返す。数秒の沈黙を破ったのはやっぱりホリィママだった。
「ありがとう」
「え?」
「私が襲われたとき助けてくれたでしょう?お礼を言う前に茉莉香ちゃんたら承太郎達の所に行っちゃったから」
「あ、うん…そっか」
「ねえ茉莉香ちゃん」
「…なあに?」
そっとホリィママの手が私の手に触れる。その指先は僅かに震えていた。ああ、私が恐ろしいのか、そんな考えがストンと胸に落ちる。仕方のない事だ、そう思うのに全身に氷水を浴びされたような気持になった。
「ごめんね。…ごめんなさい、あなたを助けられなくて。守られてばかりで」
その言葉に顔を上げれば、目の前の瞳は涙で潤んでいた。
「私のせいであなたに辛い思いをさせてしまったわ」
「そんな、そんなことない!」
辛い思いなんてしてない。この人を、母を守れた。それは私にとって幸せ以外の何物でもなくて。こんな…こんな風に泣かせたかったんじゃない、笑っていて欲しかっただけなのに。
「そんな風に思わないで…お願い…!」
今度は私からホリィママの手を握る。お互いの指先は冷たくなって震えていた。それでも少しでも彼女が暖められればと力を込める。
「私はお母さんを守れて嬉しかった、だから…」
だからお願いです、そんな顔をしないでください。神様に祈る様に祈った。笑ってください、何時もの様に笑っていて――。
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