神隠しの少女 | ナノ






埃とカビの匂いがする。思わず顔を顰めながら大きく窓を開け放った。

「どこなんだここ?」
「イタリアサルディーニャ島元我が家」
「ああ…」

ダン君はぐるりと部屋を見渡す。空条家には私の必要な物しか持って行っていないため当然家具などは引っ越す前のままだ。懐かしい机に指を這わす。埃の下に昔付けた傷があって思わず微笑んでしまった。

「埃臭いな」
「ジョセフおじいちゃんが財団の人に頼んでたまに空気の入れ替えとかして貰ってるらしいけど…やっぱり人が住んでないと家はダメだね」

適当に取り出したタオルでソファーの埃を拭い取る。ひとまず座れそうになったそれに腰掛ければ、ぶわっと埃が舞った。

「あー…こりゃ大掃除でもしないと住めそうにないね」
「ここに住む気か?」
「んーいや…承太郎たちも心配するだろうから少ししたら空条家に戻らないととは思ってるけど」

両手で顔を覆ってあー…っと情けない声を上げてみる。

「やっちまったい…」
「そうだな。…にしても思ってたより平気そうだな」
「なにがー?」
「さっきホテルに居た時は死にそうな顔をしていただろう」
「ああ…うん。まあほら、何が堪えたって承太郎たちの目が、ねえ」

そう言って彼らの顔を思い出してしまってまた小さく唸り声を上げる。仕方ないとはいえ本当精神的にキタなあれは。
あの憐れな男を殺してしまったことに付いては悪い事をしたなあ、程度にしか実際思ってはいない。私たちに危害を加えようとしていた時点で同情の余地はないし。まあもし私が居なければ承太郎のスタープラチナなり、典明君のハイエロファントなりで伸される位で済んだのだろうから不運だったとは思うが。むしろ今となっては彼があんな馬鹿な真似をしでかさなかったら私がこんな思いをせずに済んだじゃないかという怒りすら湧いてくる。
…ああ、こういうところが彼らとは相容れないのかもしれないなあ、なんて思い至って少しばかり落ち込んだ。

「…あー」
「これ綺麗だなもらっていいか?」
「サラッと人の家家探ししてんじゃーねーですよ」

人が落ち込んでいるというのに気にすることなく棚の中を漁るダン君に脱力するやら、その干渉の無さがありがたいやら。私の言葉を気にすることもなくごそごそと棚を弄るダン君に苦笑してしまう。
あんなことを仕出かしても、彼にとってはある意味日常茶飯事の様なものなのだろう。なんら普段変わりなく接してくれる姿に少し救われた。ついでにDIOの館を思い出して少し寂しくなってしまうというおまけつきだったが。
あそこは居心地が良かったな、としみじみと思い出す。空条家が居心地が悪かったなんてことはある筈もないが、あそこでは自分を飾る必要がなかった。私には見えないように配慮はしてくれていたのだろうが、そこかしこに死の気配があって。初めは怯えていたそれも少し経てば気にもかからなくなった。退廃的な人間ばかりが集まって、何もかも受け入れられていたような気がする。過去に、未来に積み上げていく罪を誰もが当たり前に認めていた。それを人は悍ましいと思うのかもしれないが…。何も隠さずにいられるというのは本当に気楽だった。
それでも――空条家に行ったことを失敗だったとは思いたくない。大切な家族が出来た。守りたい友人が出来た。もう得ることはできないと思っていたものを、与えてくれたのは彼らだ。例え嫌われても恐れられても拒まれても、守り抜くと決めた。

「でも傷つくよねー」
「何だ急に」
「いや、結構すごい顔されたなあって」
「ああ、一様に引き攣ってたな」

ポルナレフなんて真っ青だったぞと笑うダン君にそれが普通なんじゃないかと笑っておく。

「で、これからどうするんだ」
「あー…、…あー、やばい忘れてた」

ぐしゃりと前髪を掻き乱す。…さっきの一件ですっかりダニエルさんからの情報を忘れていた。

「なにかあったのか?」
「んー、面倒くさいことが一つ」

しかもそれは、直近に迫っている。本当にやることなすこと裏目に出ている気がしてならない。

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