神隠しの少女 | ナノ






腕を抱いて俯く私に、誰も何も言わない。いや、言えないのかもしれない。噎せる様な血の香りと沈黙とが充満する路地裏にヒュッと、息を飲む音がした。座り込んでいた女性はやっと声の出し方を思い出したのか、大きく口を開けて叫ぼうとした、ところでダン君に口をふさがれた。

「どうする」

押し殺したようなダン君の言葉にジョセフおじいちゃんが反応する。

「そうする、とは」
「この女。ここで消しておくか?」
「な、何言ってやがる!」
「…スタンドは見えていないが、この状況で茉莉香を止めるのを見られている。余計な事を口走られる前に消しておくべきだと思うが」
「だ、だが…」

どうするべきか戸惑う皆と暴れる女性に痺れを切らしたのかダン君は女性の首筋に手刀を落とした。がくりとうなだれた女性を地べたに倒して舌打ちをする。

「財団に渡すか殺すかは貴様らの勝手だが…放置するのはどうかと思うぞ」
「…そうじゃな、とにかく財団に連絡しよう。花京院もそのままではホテルにも戻れんしな…」
「私は」

口を開いた私に皆の視線が集まる。それを避けるように俯きながら、言葉をつづけた。

「私はどうしたら、いいのかな」

それは、今この場での行動ではなくて。この後、私はこの人たちと一緒に居てもいいのか、そんな答えが返っては来ない疑問だった。

「…とにかく、お前は先にホテルに帰ってなさい」
「俺もついてくぜ」
「そうじゃな、承太郎もついて行ってやれ。ポルナレフは…すまんがこの男を人目の付かぬ所に移動させてくれ。儂も一度ホテルに戻って財団に連絡を取る」
「分かったぜ」
「ボクもどこか目立たないところに隠れています」
「うむ。直ぐに戻るからな」

慌ただしく動く皆の足元をジッと見つめる。顔が、見れない。そんな私の背を誰かが押す。それが承太郎なのか、ジョセフおじいちゃんなのかダン君なのか。それすら分からないまま私は足を動かすしかなかった。


「…ではわしは二人の所に戻る。承太郎、頼んだぞ」
「ああ」

バタン、と扉の閉まる音がした。向かいのベッドに座る承太郎が私を見ているのが、見なくても分かる。

「にしても、平気になっていたと思ったんだがな。ホルホースに協力して貰っていただろう?」

沈黙を破る為か、それとも純然たる疑問か。ちらりとダン君を見ると、訝しげな顔をしていた。

「…私も大丈夫になったと思ってたんだけど、ね」

そう、あの事件から暫く私は拳銃を見るのも駄目だった。事件から暫くして何かの折にホルホースさんのスタンドを見て…今回のようにスタンドが暴走したこともある。幸いDIOやヴァニラなどが力尽くで止めてくれたおかげで皆に怪我は無く、ホルホースさんなどの協力もあり少しずつ慣れて、問題は無くなったはずだった。

「あの人が典明君の頭に当ててるの見た途端目の前が真っ白になって…その後の事は覚えてないんだけど。多分、頭に押し当ててたって言うのがダメだったんだと思う」

瞼を閉じると、今でも鮮明に思い出せる頭を撃ち抜かれた祖母の死に様。それが先程の典明君と被って背筋が凍る。恐らく、先程の私は無意識のうちに今のように重ねて…暴走したというわけだ。

「一体、何の話をしてるんだテメーら」

承太郎の声に肩が震える。彼の顔が目に入らない様に、強く目を閉じた。

「…前におばあちゃんが私の目の前で殺されたって話はしたよね。その殺され方が、銃殺だったんだよ。…頭を撃たれたんだ。そして私は、その加害者を殺した」

一息にそれだけ言って、大きく息を吐いた。最後の一言はどう考えたって余計なものだったろう。現に承太郎の纏う空気がまた少し硬くなった。それでも言ってしまったのは、許されたかったのか。過去の行状を、先程の蛮行を。
だけれどこれは、言ってはいけなかった。私が過去に見てきた汚い物も、してきた悍ましいことも。これからも積み重ねていく罪も。彼にだけは知られてはいけなかったのに。ただ、汚れずに綺麗なままでいてほしかった、居たかった。彼の前だけは可愛い妹として振る舞いたかったのに。今ならばまだ、誤魔化されてくれるだろうか。

「…承太郎、私少し皆から離れるよ」

承太郎が身動ぎしたのが分かる。しかし、彼は何も言わなかった。そうしろとも、するなとも。

「悪いけどダン君は連れてかせてもらうね」
「…まあ私は食うものと寝る所に困らなければ何でもいいが」
「茉莉香…」
「承太郎、ごめんね」

君を守るどころか危険に晒してばかりで。困らせて悲しませてばかりで。ああ、他にも色々と言いたいことは有るのだけれど。ただただ謝る言葉しか出てこない。

「ごめん」

スタンドを発動させる刹那。視界に見えたのは驚いたような怒っているような、泣きそうな彼の顔で。
…ごめん、ごめんなさい承太郎。私は君にそんな顔をさせたいんじゃあないのに。



上手くいかない事ばかりだ
一歩進んだかと思えば、深い深い落とし穴だった

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