神隠しの少女 | ナノ






「おかえりー…」

暫くしてどやどやと帰ってきた皆に力なく手を振る。

「まだ体調悪いのか」
「んー…ちょっとねえ」

心配そうな顔をしてくれる承太郎に苦笑を返した。実際に悪いのは体調ではなくダニエルさんから告げられた伝言の中身なのだが。皆に打ち明けられる筈もなく内心頭を抱えている。

「美味しそうな店を見つけたんだけど…それじゃあ無理かな」
「え、行きたい!最近お粥しか食べてなかったし!」
「それはお前が熱を出してたからじゃろう」
「ま、それだけ元気ならいけそうだな!」

わいわいと騒ぐ中、ぐったりとしたダン君に目を向ける。視線に気づいたダン君は大いに眉を顰めた。

「お前の兄貴容赦なさすぎるだろう!情報源を潰しただのなんだの因縁つけてどれだけ無駄金を使わせられたか!」
「因縁じゃなくて事実じゃん」

私がそう切り返せば言葉に詰まったダン君が頭を掻きむしる。…うん、守銭奴のダン君にとって一番効果的な嫌がらせだったんだろうね。

「まあまあ、夕飯は奢ったげるからさ」
「…一番高いメニュー頼んでやる」
「ちっさい嫌がらせだなあ」

けらけらと笑いつつ準備をして外に出る。夕飯時に近いからか色々な料理の匂いがした。日本とは違いスパイシーなものが多いが中々食欲をそそられる。そうこうしている間に少し薄暗い路地に入った。

「こんな所にお店あるの?」
「ああ」
「あの、お花は如何ですか?」

わいわいと歩いて居る私たちの目の前に花を売っているらしい女性が現れた。早速ポルナレフがナンパしにかかるが、承太郎に引き離される。

「悪いが花に用はねえぜ」
「いいや!オレはこの美しい華に用があるね!」
「下らんこと言ってないで行くぞ」
「ああっ!美しいマドモアゼル!」

ずるずると引き摺られていくポルナレフに笑いながら進むと、最後方に居た典明君が立ち止る気配がした。

「典明君?」
「これも何かの縁だからね。一本頂いていくよ」
「花京院!抜け駆けなんてずりいぞ!」

ポルナレフの叫びに皆が一瞬典明君から目を離した。何馬鹿言ってんだ、なんて承太郎が突っ込んで、それに笑う。平和な一時。

「なっ!」

それを、典明君の声が引き裂いた。反射的に典明君の方を振り返ると、男が、典明君の、米神に、銃を――。
そこまで確認して、頭の中が真っ白になった。そして、次の瞬間には。


「茉莉香!茉莉香!止めろ!」

ぐらぐらと体が大きく揺さぶられる。目の前には切羽詰まった様な承太郎が居た。白く靄がかかった様な意識が少しずつ覚醒していく。

「典明、君は?」

私が言葉を発したことに驚いたのか、承太郎の揺さぶりが止まった。何にそんなに驚いているのか訳が分からないが、確か典明君が居たはずの場所を覗く。
……そこには惨憺たる光景が広がっていた。
先程花を売っていた女の人は、がたがたと震えながらへたり込んでいる。僅かに匂う刺激臭は彼女が失禁したものらしい。ぼろぼろと綺麗な顔を流れる涙は見る見るうちに赤く染まっていく。…頬には真っ赤な血がこびりついていた。その脇に立つ典明君も同様に、いや彼女以上に真っ赤になっていて息を飲む。しかし、何より目を引くのは…一瞬それが何か判断するのを脳が拒む様な姿になった、男の死体だった。
苦悶に満ちているであろうその相貌は、右半分が消え失せ血に塗れている。体中獣が食いちぎったように抉られているが、その傷口はとても綺麗だ。傷の大きさはそう、…男の傍らに佇む、スピリッツアウェイの手程…。
呆然としている私を尻目に、私のスタンドが勝手に動くさまは悪夢の様だ。もう息がない男の腿に触れたかと思うと、また一つ、穴が増える。

「スピリッツ、アウェイ…やめて、やめて!」

自分の喉から金切り声が迸った。ピクリと揺れた彼女は、こちらを見てそっと消える。肩で息をしながら、周りを見渡した。
典明君も、ポルナレフも、ジョセフおじいちゃんも……承太郎も、一様に顔に警戒と、恐れを滲ませて一歩下がった。その姿に、思わず顔を背ける。ああ、やってしまったのだ。
見せてはいけないものを、姿を、見せてしまった。
誰もが目を背けるような、一目見たら悪夢に魘されそうな男の亡骸よりも、それを作り出した自分自身よりも。ただただ、彼らの目に映し出された嫌悪の色だけが、怖かった。

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