神隠しの少女 | ナノ






なるほど、と納得した様子の皆を見渡しながら内心ため息を吐く。
勿論DIOが隠したかったこと、時を止める力のことは知っている。何故ここで言わなかったのかと言えば…理由はただ一つ。これ以上不確定要素を増やしたくはなかったからだ。
本来ならDIOが近距離型のスタンドだということは戦ってから知る筈なのに、今現在知ってしまっている。ここで更に情報を与えるのは避けたかった。例え教えたとして、時を止める能力自体は承太郎が極限まで追い詰められない限り開花することはないだろうが…。
万が一何かの状況で時を止められるようになったとしたら。それがどのような影響を及ぼすかは分からないのだ。出来る限り私の知っているストーリーのまま進行してくれなくては困る。…いつまた、想定外の事が起きるか分からないのだから尚更。
真剣な顔をして話し合う典明君の顔を盗み見て、唇を噛みしめる。…もしここでDIOの能力を明かしたとしたら。彼が命を賭してDIOの能力を見破る必要はなくなるだろう。つまり、典明君の生存率は高まるということだ。だけれど。
エンヤ婆と戦った時。私は承太郎たちを守りたくて行動を起こした。しかし、それは逆に承太郎を危険に晒してしまうこととなったのを忘れてはいない。出来る限り、私は動いてはいけない。彼らの命が本当に危険になるその瞬間までは。
そこまで考えて、いっそ彼らがDIOの館に着くまでは一行から離れた方がいいのではないか、と思い至る。エンヤ婆との一戦から考えるに私が居ることで危機に陥ることがあるわけで。私が居なければ、問題なく話は進んでいくのかもしれない。…さっきまではあれほどストーリーに沿っているわけではないと思いたかったくせに、ね。

「…茉莉香!茉莉香!」
「え?あ、なに?」
「どうかしたのかい?何か考え込んでいたようだけど」

心配そうにのぞきこんでくる典明君に心が痛む。それを押し殺して大丈夫、と笑い返した。

「うーん。まだ本調子じゃないみたい」
「そうか…病み上がりだものね」
「そうなのか?」
「ん。とりあえず晩御飯まで休んでもいいかな?」
「そうじゃな…こやつはとりあえず花京院に任せておくとして一度解散にするか?」
「だがこいつのスタンドがあれだけ小さいんじゃあこいつ自身を縛っても意味ねえんじゃあないか?」
「ポルナレフ、それなら大丈夫だ。彼のスタンドにハイエロファントグリーンを縛り付けておけばどこにも行けないさ」
「そいつ自身なら何か不審な動きをすりゃあ一発殴れば話が済みそうだしな」
「…お前たちを襲ってもなんの利益にもならないんだから、そんなことをするわけがないだろう!」

喚くダン君を押しながら皆が出ていく。どうやらリフレッシュを兼ねて町に繰り出そうと言う事らしい。屋台の主人に化けてたくらいだから詳しいだろう、と小突かれたダン君が目で救いを求めてきたが、手を振って見送ってやる。

「承太郎も行ってきていいよ?」
「別にいい」
「私ならいい子に寝てるからさ。折角ここまで来たんだからたまには楽しんでもいいんじゃない?」

へらっと笑った私に承太郎が一つため息を吐いた。

「…本当に大人しくしてるんだろうな」
「もちろん」

本当は好奇心旺盛なところのある承太郎の事だ。皆と一緒に見て回りたかったに違いない。少しそわそわとしてきた可愛い兄の背中をちょん、と押してやる。

「いってらっしゃい。気を付けてね」
「…ああ。直ぐ帰るからな」

ぐしゃりと私の頭を一撫でして皆を追った承太郎の背中を見送る。静かになった部屋でベッドに横たわり、大きく息を吐いた。
本当にあれでよかったのか、と自分に問う。典明君の為を思うならばあそこで言うべきではなかったのかと。
…エンヤ婆戦でのことを思い返す。正しくは、夢の中の出来事を。彼女は言った、忘れなければ、なんとかなると。それはやはり典明君の事、なのだろうか。
典明君がDIOの能力を見抜いて、時計を破壊して…死に至る、その刹那の合間を縫って彼を治せと、そういうことなのか。今考え得る中で、緊急に怪我を治さなければいけない、と思いつくのはそれくらいだし。だがそれは…。

「どう、なのかな」

承太郎の時は、ただの切り傷だった。しかし典明君の場合腹部貫通という大怪我だ。治すにしても血肉はどうする?彼の飛び散った肉片まで持ち込むのは不可能だ。それに…承太郎の怪我を治すだけであれだけ疲労困憊になったのに、あんな大怪我を治すことが出来るのか?

「一か八かって訳には、いかないよねえ」

失敗したらそこで典明君の命は尽きてしまう。そんな危険な橋を渡るわけにはいかない。…なんとかなる、とかそんな曖昧な言葉じゃなくてもっとはっきり言ってくれればいいのに。全く不親切だな、なんて勝手なことを考えて。

「…忘れなければ何とかなる?」

そういえば、彼女はあの時新しく芽生えた能力の事だとは言っていなかった。ただ、忘れなければ、と。…一体、どういう意味だ?
あの空間内であればスタンドの能力を変容させられる、という衝撃でそのことだとばかり思っていたが…それは本当にそうだったのか?
あの時の事をしっかりと思い返す。エンヤ婆に隙を突かれて、窮地に追い込まれた。私のミスで承太郎に怪我を負わせて、スタンドでその怪我を治した。で、熱を出して倒れて…。
…駄目だ。思い返しても自分の失態ばかりで脱力するばかりである。やっぱりスタンドの変容を有効活用しろということなのだろうか。

「にしても、本当にダメダメだったな私」

彼女の言葉については煮詰まってしまったし、一人反省会でもするか。あの時、他に打つ手は本当になかったのだろうか。エンヤ婆が傷一つ付ければ良かったのならそれを防ぐ方法は。

「…あ」

一つ、思いついたことがあった。まさか、そんな簡単なこと、だったのだろうか?
いやいやそんな簡単なことで、と思う反面視界が開けていくような不思議な感覚。確かに先へと進む道しるべを見つけた様な。

「忘れなければ、ね」

彼女は確かに、大きなヒントをくれていたのだ。



だから言ったじゃない
くすくすと笑う少女の声が聞こえた

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