神隠しの少女 | ナノ






木陰に二人並んで腰を下ろすと、お互い本を開く。まだ幼い頃はこの原っぱを駆け回ったりもしたが、今では専ら青空の下読書に励むことが多くなった。
無言の中、お互いの紙を捲る音だけが聞こえる。心地よい空間で本の世界に浸っていると、どこからか人の声が聞こえた気がした。
二人同時に顔を上げ、見合わす。

「空耳、じゃないよね」
「ああ、珍しいな」
「天気もいいし…散歩かな?」

村から少し離れたこの原っぱはあまり人が寄りつかない。少々村から離れた我が家からでも徒歩で30分はかかるのだ。学校などが有る中心部からは小一時間はかかる。元々歩くよりも車を使うことが多い村の人がここまでわざわざ来るだろうか?
どこにも車なんてなかったよな、と思いつつも、また本に目を戻したディアボロに習い、私も読書に戻る。
車が停まっているのを見落としていただけなのだ。そう思ったのもつかの間。今度は、甲高い悲鳴が聞こえてきた。

「今、の」
「…少し見てくる。マリカはここに居ろ」

険しい顔をしたディアボロが立ちあがり、悲鳴がした方へと駆けて行った。私はそれを茫然と見送る。
一体、何が有ったのか。
きっと蛇か何かを見て驚いて叫んだだけだろう。こんな平和な島で、あんな悲鳴を上げるような事件が起こるはずもない。そう思うのに。何故か不安でしょうがなかった。

数分経ってもディアボロは帰ってこない。小さく震える手を握りしめ、彼が走っていった方へと足を進める。一歩進むたびに冷や汗が滲む。何もない。何もない。自分にそう言い聞かせても、震えは止まらない。

木が鬱蒼と茂る一帯に足を踏み入れると、鼻が微かな異臭をとらえる。この匂いは、嗅いだ事が有る。彼の、DIOの館にこびり付いた鉄臭さを含んだ香り。…血の匂いだ。
思わず歩を止め自分の肩を抱く。
ディアボロか誰かが怪我でもしたのだろうか。だとしたら、かなりの重症だ。姿も見えないのに血の匂いだけは分かるなんて。
彼の無事を確かめなくてはいけない。そう思うのに口も足もピクリとも動かない。
カラカラに乾いた舌が張り付いてしまってるかのようだ。

「お、兄ちゃん…」

漸く口から出た言葉はあまりに小さく、自分の周りの空気だけを震わせる。
いつも見慣れたこの場所が非日常的なものに見えた。
立ち竦んだまま固まっていると、少し離れた場所から誰かが飛び出してきた。弾かれたようにそちらを見れば、相手も一瞬こちらを振り返る。
しかし、はっきりと顔を見る暇もなく男は駆け出した。それを声を掛けることも出来ずに見送る。少しばかり、血の匂いが濃くなった気がした。
あの男の事も気になる。しかし、今はこの匂いの原因を確かめなければならない。
意を決して進んだ先に見えたものは、思いもよらぬ惨状だった。


ヒュウ、と喉が鳴るのが人事の様に感じられる。目の前には、昏倒するディアボロと、――喉を切り裂かれた少女が横たわっていた。


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