神隠しの少女 | ナノ






ゆるゆると体を揺すられる。…誰だろう、ディアボロの声じゃあない。不思議に思いながら開いた目に少々いかついが随分と整った顔が映る。誰か分かる前に自然と口が動いた。

「承、太郎…?」

ああ、そうだ。彼は空条承太郎だ。一体何故彼がここに?いや、そうじゃない、居て当然だ。ここは空条家で、私はここに引き取られたんだった。
点が繋がって線になる様におぼろげな意識がはっきりしていく。視界に入る天井がなんだか見慣れないものに思えた。

「魘されていたようだが…大丈夫か?」
「ああ…うん。夢、見てたみたい」

随分と懐かしくてリアルな夢だった。…夢、だったんだよね?
冷たいものが背筋を滑って体が震える。きょろきょろと目だけを動かして周りを見た。今寝ているベッドも、いつも勉強している机も、目の前にいる承太郎も。本当に現実だろうか。寝起きのせいか妙に現実感がない。寝起き?私は起きたのか?それとも…これが夢なんだろうか?

「茉莉香?」

落ち着きのない私を承太郎が訝しげな声で呼ぶ。ぶれていた焦点が、彼の緑色の瞳に合う。苦しかった呼吸が、少し楽になった気がした。

「どうした。具合でも悪いのか」
「いや…そうじゃ、なくて」

何と言えばいいのだろうか。君私の夢じゃない?とでも聞けばいいのか。いや、寝ぼけているか悪くすれば頭が行かれたと思われてしまうだろう。…まだそれならいい。もしも肯定されてしまったら。これが夢で、またあの一人ぼっちの現実に戻るとしたら?震える自分の腕を抱く。

「…ちょっと待ってろ。お袋呼んでくる」
「あッ…!」

離れようとした承太郎の服の裾を掴む。こちらを振り向いた承太郎を見上げて。

「ここにいて」

ひとりぼっちに、しないで。
承太郎は私の言葉に驚いたような顔をした。そのままベッドに座ると私の頭に手を伸ばす。

「…怖い夢でも見たか」
「怖い…うん。すごく怖かったよ」

乗せられた手の重みと温かさにやっと肩の力が抜けた。大きな手に撫でられてゆらゆらと頭が揺れた。

「承太郎」
「あ?」
「夢じゃ、ないよね」
「何言ってんだ馬鹿」

フッと苦笑しながらベシッと額にデコピンをされる。いきなりの痛みに思わず声が出た。その痛みにああ、夢じゃないんだなあなんてやっと実感した。

「悪い、強かったか」
「もう、もっと優しくしてよー…」

謝罪のつもりか先程より強く頭を撫でる承太郎に軽口を返して。そこまでして今の状況の恥ずかしさにはたと気づく。今の今まで掴んでいた裾を離す。皺になったそこにどれだけ力を込めて握っていたんだと自分に苦言を呈したくなった。

「ご、ごめん」
「何がだ?」
「いや…服皺になっちゃった」
「ああ、んなこと気にすんな」

そう言いながら今も撫でてくる承太郎に照れから逃げたいような気持ちになる。…でもそうするには彼の手は今の私にとって心地よ過ぎて。

「承太郎」
「あ?」
「…ありがとう」
「おう」

優しく笑う彼に私も微笑み返した。



何度だって悪夢から連れ戻して
力強いその眼差しで

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