神隠しの少女 | ナノ






馬車の乗り心地は、うん。簡単に言えば最悪だった。お尻痛いし。でもあれだからね、オープンもオープンだからね、酔いは酷くなかったよね。狭いジープと比べたら差し引きゼロかな。いやマイナスだわ。結論、ホルホースさん殴る。
お尻が四つに割れたんじゃないかっていう痛みを堪えつつ、周りを見る。カラチの町は久しぶりに活気があると思える街並みだった。

「腹減ったな」
「お、あそこにケバブの店があるぞ。ちょっと待っとれ」

馬車から降りるジョセフおじいちゃんを見てから、行く先にあるケバブ屋を見る。店先に立つ店員を見て吹き出すのを全力で堪えた。
う・さ・ん・く・せ・え!いや、あれがダン君だってわかってるからかも知れないけど!でもなんかオーラが胡散臭いよ!露天商丸出しの喋り方をするダン君の姿で腹筋に追い打ちがかかる。ぷるぷる震える私に典明君が心配そうに声をかけるが、なんとか何でもない、と返した。
あー、後であの恰好で写真撮ろう。で、ラバーソールに送ってあげよう。暫く笑いに困らないわあれ。ジョセフおじいちゃんの値切りが佳境に入ったのを見て、そろそろかなとエンヤ婆を見る。皆はジョセフおじいちゃんに気を取られて分かっていないようだが、僅かに身動ぎをしていた。
今回、エンヤ婆を助ける気はない。射程距離の広いラバーズの事だ。多分もう既に芽は随分と育っているだろう。それでも全く手がないわけではないが…。

「生かすには危険すぎるものね」

確認するようにそっと声に出す。エンヤ婆の能力は危険すぎる。陰から来られたら手の打ちようがないし、取り込んだ他のスタンド使いのように金や身柄の無事と交換で大人しくするような玉じゃない。第一彼女は承太郎を、殺そうとしたのだ。生かしておけるはずが、ない。

「何か言ったかい?」
「ううん?なにも」

振り向いた典明君ににこりと笑って。同時にケバブを手にしたジョセフおじいちゃんが振り返って、固まる。

「おい!皆そのバアさん目を醒ましておるぞ!」
「えッ!」

皆が振り向くと目を醒ましたエンヤ婆がガタガタと震えていた。

「わ、わしは!わしは!何もしゃべっておらぬぞッ!な…なぜお前がわしの前にくる。このエンヤが、DIO様のスタンドの秘密をしゃべるとでも思っていたのかッ!」
「え!?」

皆がエンヤ婆の見た方向…ケバブ屋の店員の方を見る。男は先程までの陽気な笑みを消し、サングラスを外した。…格好付けたダン君のその行動に今度こそ笑いを堪えられなくなりそうになった時、後ろから腕が回ってきた。枯れ枝の様な指が見た目と反する力で首を締め上げてくる。苦しくなる呼吸に冷や汗が流れ――。

「――――」
「ッ…!」
「茉莉香!」

慌てて皆が引きはがそうとした時、エンヤ婆の目や口から芽が這いずり出てきた。…うわあグロテスク。

「あ あ あ あババババババァーッ」

形容し難い絶叫と共にピュンピュンと勢いよく飛び出す。…血が顔に掛かってかーなーり不快だ。

「なっなんだァーッ!この触手はーッ!」
「なぜきさまがこのわしを殺しにくるーッ!」

悲痛な叫びを余所にやっと離れた手から逃れて距離を取る。こっそりダン君を睨み付ければ、サッと目を逸らされた。…くそう。
そうこうしている間にエンヤ婆から這い出た肉の芽の動きが活発になる。あれ?確かダン君ここでうだうだ何か言ってた気もするが…。

「うぽわあ――ッ!」

飛び出す血液に眉をひそめる。周りの人間もチラチラとこちらを見ていた。…これ通報とかされない?大丈夫?

「なあ茉莉香?」
「はい?」

いきなりダン君に声をかけられて変な声を上げてしまう。そんな私にダン君はため息を一つついた。

「…聞いてなかったな」
「あー、視線が気になって聞いてなかったわ」
「ばあさんッ!DIOのスタンドの正体を教えてくれッ!」

私たちを無視してジョセフおじいちゃんがエンヤ婆に近づく。そのやり取りに私とダン君の目が俄かに鋭くなった。

「D…IO…様は…このわしを信頼してくれている いえるか」

そう吐き捨てたエンヤ婆が事切れる瞬間。濁った眼に一瞬光が戻り、私を見た。その視線に頷けば、見えたのかどうか…彼女は今度こそ、息を引き取った。

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