教材の詰まったリュックを背負いながら家路を急ぐ。今日は約束が有るのだ。
もう家が目の前に迫ったその時。
「マリカ」
「お兄ちゃん!」
聞き慣れた声に振り替えれば、やはり彼が立っていた。
「随分と急いでたな」
「だって、今日はお兄ちゃんと遊ぶ約束だったじゃない!」
「…そうだったかな」
「ちょ!酷い!」
「冗談だよ」
素知らぬ顔をする彼―ディアボロに向かって頬を膨らませる。それに困ったように笑うと私の頭を撫ぜてきた。
「神父様がマリカにってクッキーを焼いていたから荷物を置いたら取りにおいで」
「はーい!」
私の返事を聞いて一度頷くと、ディアボロは教会へと戻って行った。教会は我が家の直ぐ真後ろに立っているのだ。
私も家に向かって駆け出しながら、本当に彼があのディアボロなのだろうかと不思議に思う。私が知っているディアボロは5部のボスとなった彼だけだった。
しかし、こちらに来て5年。彼は私にとって本当に兄のような存在として捉えていて。実際今もその慕う気持ちに偽りはない。ただ、実の娘でも消し去ろうとした彼の冷酷さも確かに私の中に知識として存在している。
本当の彼とは、どっちなのだろうか。
「でもまあ、DIOも思っていたのとは随分と違うか…」
DIOも読者の立場では紛れもなく悪である。冷徹で躊躇いなく他者を切り捨てる存在。しかし、実際に会って言葉を交わして。そこに人間臭さも優しさと呼べるものもあると確信を持った。そして今では親愛すら感じているのだから不思議なものである。
ディアボロもきっと同じなのだ。視点を変えれば見えるものも変わってくるのは世の常というもので。優しさも冷徹さも、決して一人の人間が内包していても何の矛盾もないのだろう。
そこまで考えて頭が痛くなってくる。難しいことを考え過ぎた気がしてきた。とにかく私はもうディアボロもDIOもただの悪だと割り切れないし嫌いにはなれない。それだけ分かってればいい。うん、たぶん大丈夫。
「お兄ちゃんの所に行ってくるね」
「ご迷惑おかけしないようにね。いってらっしゃい」
おばあちゃんに見送られながら教会に向かう。
「神父様こんにちは!」
「こんにちは。クッキーはディアボロに渡してあるからね」
「はい。ありがとうございます」
にこにこと笑う神父様は今日も穏やかだ。私はどんな悪戯をしてもこの人が怒った所を見たことが無い。
「お兄ちゃん!」
「…いつもノックをしてから開けなさいと言ってるだろ」
「ごめんねー」
「謝る気が一切感じられないな」
「勘違いだよ!」
「…」
「…」
ジトリと睨んでくるディアボロと視線をカチ合わせること数秒。諦めたのか美味しい香りのするクッキーを持つと立ちあがった。
「今日もいつもの所でいいか?」
「うん」
何も持っていない左手を掴めば、自然と握り返してくれる。手を繋いで歩くのは幼い頃からの癖の様なものだ。
「学校はどうだい」
「楽しいよー」
「そうか」
ポツリポツリと言葉を交わしながら歩を進めた。じりじりと照りつける太陽が近付いてきた夏を知らせる。
「暑くなってきたね」
「ああ。…もうすぐ観光シーズンだな」
その言葉にげんなりとする。この島にとって観光客は大切な資金源だが、彼らはお金だけでなくゴミも多く落として行くのだ。学校の課外授業として行われる、炎天下でのゴミ拾いは中々過酷である。
「ゴミ拾い嫌だなー」
「仕方ないだろ」
「ゴミはゴミ箱に入れてくれればいいんだよ」
「皆がそれが出来たらいいんだけどな。望むだけ無駄だ」
取り付く島もないその言葉に肩を落とす。元々ポイ捨てなどが少ない日本に慣れているとこちらのマナーには驚きの連続だ。
もちろん有名な観光スポットなどは清掃活動や取り締まりも精力的に行われている。しかし、この島では住民たちが自分で地道に綺麗にするしかない。
唯一の救いと言えば綺麗なお姉さん達の水着姿が拝めることくらいだな、なんてなんともオヤジ臭いことを考えるしかなかった。
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