何も言えず。ホルホースもそれ以上何かを言うわけでもなくただ睨み合う。重苦しい空気が場を支配する中、布が擦れる音がした。弾けるように茉莉香を見ると、ぼんやりとした瞳が宙を彷徨っている。思わずその頬に血の気が引いた手を伸ばした。温かな頬に触れた瞬間。ゆるりとこちらを見た茉莉香が。
「…DIO?」
そう言って嬉しそうに、穏やかに微笑むから。俺は何も言えずにいた。そんな俺に気付くこともなく、茉莉香は手に頬ずりをして、また目を閉じた。
「暗いし手のサイズが同じ様なもんだから間違えたんだろ」
「…あ、あ」
先程の冷たさは拭い取られ、どこか気まずそうにホルホースがフォローを入れてくる。そんなことをされるほど、今の自分は酷い顔をしているだろうか。
「…DIOも、同じようにしていたのか」
要領を得ない曖昧な質問。だが伝わったのかホルホースは小さく苦笑する。
「同じどころか下手すりゃもっと献身的とも言えただろうな。あの自己中心的な男が姫さんといる時はそりゃもう優しかったからなあ」
「…茉莉香はDIOを選んだって言ったな。DIOも、そうなのか」
「…さあな、そんなことDIOの野郎に聞いたこともねえし。ただ」
「ただ?」
「あいつが自分以外に執着するのは姫さんぐらいだろうよ、多分な」
掌の先の温かな存在に目をやる。小さなこの体に、彼女は一体何を秘めているのだろうか。DIOという怪物に執着されるだけの何かが、あるのか。分からない。何もかも分からなくなりそうで、柔らかな頬に触れる手が震える。
「DIOも姫さんもお互いに尋常じゃねえくらい溺愛っつーか依存し合ってるっつーか…そんなんだったけどな。それでも、姫さんがお前ら側に付くって決めたこと忘れんなよ。さっきも言ったが、選ばれたんだからなお前らは」
「選ばれた、か…」
あんなにも嬉しそうに呼ぶDIOよりも自分を選んだのか。そう思ったが小さく頭を振る。言ってたではないか、茉莉香は俺達もDIOも救いたいんだと。自分が選ばれたのではない。…だが、それでも。同等には思っていてくれていると、そう思っていいのだろうか。
「なあ」
「あー?」
「争わずに話し合いでどうにかなると思うか?」
「…さあな、んなこと知らねーよ。ただ…それで納得がいくのかお前ら」
先祖が殺され、母もDIOのせいで死にかけた。これからもDIOのせいで人が死ぬかもしれない。それを話し合いで解決できるのか。…納得できるのか。
「…いいや。やっぱり一発お見舞いしねーと気が済まねえな」
「じゃあ交渉決裂すんのは目に見えてんじゃねーか」
「そう、だな」
ならばやはり。茉莉香はこうして身を削り続けることになる。自分の我儘のせいで。それでいいのか、交渉の機会を設けるべきではないのか。答えの出ない悩みがグルグルと頭の中を回る。
「ま、悩めよ青少年」
「随分適当になったな」
「ああ?ここまでいろいろ教えてやったんだ、礼言われてもいいくらいだろうよ」
「…そうだな」
「素直だなおい」
「……」
「だんまりか。…まあサービスでもう一つだけ教えてやるよ」
ホルホースはニヤリと笑って。
「例えどんな事をしたって承太郎は止まらない。正義に背を向けることが出来ない、困るけどそれがいい所だから自分もただ頑張るだけ…なんだってよ」
思わぬ言葉に目を見開く俺にホルホースは楽しげに笑って。
「お前が姫さんの事疑おうと、DIOとの事に悩もうと。結局我を通すことはお見通しみたいだな。んで、それを否定もせずに受け入れると。随分いい妹持ったな、ええ?…じゃな」
立ち上がって出て行こうとするホルホースを呼びとめる。
「便所。あ、姫さんには俺が姫さんって呼んでたこと黙っとけよ。姫さんって呼ぶと怒んだわ」
ひらひらと手を振って出ていくホルホースに、外に居る花京院たちがどうにかするだろうと勝手に信頼してもう一度椅子に座る。か細い息をする茉莉香の頬にもう一度触れた。
俺達が引き返さないことも、その為に自分がどれだけ辛い思いをするかも。分かっていながら彼女はここに居る。たったの一度も、俺達の行動を否定することはなかった。お袋の無事が分かった時、アヴドゥルが大怪我を負った時。俺達に交渉を提案するタイミングはあった。だが、そうすることなく俺達の側に居ることが、DIO達と敵対することが。茉莉香にとってどれだけの心労を要するか。身も心も傷つきながら、それでも尚どちらも救おうとするその覚悟は。
「…敵わねえな」
その覚悟に敵うとは思えないが。それでも。
「俺も、お前を選ぶ」
他の人間よりも、お前の命を、思いを。選ぶと。選びたいと。
宣誓させてくれ今はまだ、声が震えてしまうけれど
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[mokuji]
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