神隠しの少女 | ナノ






「承太郎!茉莉香!」
「…意識がない。熱もあるみてえだ」
「そうか…とりあえず寝れる場所は確保してある。横にしてやれ」
「ああ」

比較的無事な家のベッドに茉莉香を横たえる。意識がなく重たいはずの体は、想像以上に軽かった。汗で張り付いた髪をそっと避けてやれば熱で赤くなり始めた頬が露わになる。その横顔はあどけない。そう、茉莉香はまだ子供なのだ。守られているべき存在。それなのに彼女はこうして傷ついて、昏倒している。
自分の心に、陰りが出来るのが分かった。何故、茉莉香はこうも傷ついているのか。それは自分たちを守るためだ。茉莉香が具合悪そうにしていたのは俺をスタンドの作りだした中に入れてからだった。それは傷を治したことで加速している。

「俺は…俺達は間違ってるのか?」

もしもDIOの下へ向かうのを止めたとしたら。あの男はどうするのだろうか。敵対する気がないとすれば。思うがままに人々を蹂躙するのか。それとも交渉の余地があるのか。じじい達の話だけ聞けば、そんな余地はないように思える。だが茉莉香の言うような一面があるのだとすれば。交渉出来るのであれば、活路が見いだせるのではないか。そうすれば、茉莉香はもう傷つかずに済むのではないか。俺達も、DIOも助けたいと泣いたこの小さな妹は、笑って過ごせるのではないか。心が…揺れる。

「承太郎、茉莉香の様子はどうだい?」
「熱が高いな…足に怪我もしてたはずだが」
「そうか…じゃあボクは薬を取りに行ってくるよ」
「ああ…悪いな、一緒にとってくりゃ良かった」
「気にするなよ」
「ワシは粥か何か用意しよう。ポルナレフは婆さんの監視を頼んだぞ」
「ああ。…ホルホースはどうする?」
「ポルポル君と婆さんと三人で息が詰まるような場所には居たくねえなあ」
「ああ!?」
「こりゃ!茉莉香が寝てるんじゃぞ!静かにせんか!」
「…ここに居りゃいい。何か不穏な動きをしたら…分かってるな?」
「おお怖い。大人しくしてりゃあいいんだろ」

隅にあった椅子に座り、肩を竦めるホルホースを睨み付けつつポルナレフが外に出る。ジジイは俺の肩を一度叩くと出て行った。寝ている茉莉香と、何もしゃべらない俺達二人。自然と部屋には沈黙が下りる。それを破ったのはホルホースだった。

「…姫さんが寝込んでんの見んのも久々だな」

その言葉にちらりと視線をやる。組んだ足に肘をついたホルホースの視線は茉莉香に注がれていた。

「…お前の前で寝込んだことがあるのか」
「俺の前っつーか正しくはDIOの前で、だな」

その言葉に体ごと振り向けば、ホルホースもこちらに顔を向けた。

「姫さんのばあさんが亡くなってから少ししてじいさんが倒れちまってな。近所の奴らが世話を焼いてくれたりもしてくれたらしいが…親が居ねえ分やることも多かったんだろ。夜になると屋敷に来て倒れこむこともあったんだよ」
「…そうか」

自分と会う前の茉莉香。この旅が始まるまで茉莉香の祖母が殺されたという事さえ知らなかった。茉莉香が空条の姓を名乗る様になって四年。同じ家で暮らして、笑い合って。彼女の事を知った気になっていたが、それは本当の事だったのだろうか。

「…お前たちの、DIOで前での茉莉香はどんな奴だった」
「…どんな奴、ねえ。多分オレらが知ってるのはお前らと大して変わらねーよ。年の割に大人びてて、自分で何でも背負いこもうとして、オレらみたいな奴を嫌うでもなく受け入れる変な奴ってところだ」
「こいつは、お前たちのしたことを知ってたのか」
「…会った時には知ってたな。オレ達の事もDIOが何を餌としてるかも」

知っていて、それでも受け入れた。その事実がジクリと心臓を抉る。DIOや今まで会ってきた茉莉香と親しいスタンド使い。彼らが人の命を容易く奪っていることを知りながら何故受け入れたのか。幼かったから、それで済むことなのか。ベッドに横たわる小さな姿が、見慣れた彼女ではないような錯覚に陥る。

「…ばあさんが殺された後かな。聞いたんだよ。知っててなんでそんな平気な顔してんのかって」
「…なんて言ったんだ」
「選んだんだと」
「選んだ?」
「DIOと知らない人間だったらDIOを取るから、だったか。で、DIOの部下であるオレ達もついでに選んだんだろ」

思わず額を押さえる。そんな簡単なものなのだろうか。ますます訳が分からなくなった気がして頭が痛む。茉莉香は一体何を考えているのか。DIOを生かすために、奴の野望の為に、どれだけの人間が苦しもうと、それでいいと、思ったのか?

「随分怖い顔をしてるがな、お前だったらどうするんだ?」
「俺だったら…?」
「例えば、姫さんとそこらの人間十人。どっちかの命を見捨てなきゃいけねえってなったらどっちを取るんだ」

その質問に息を飲む。茉莉香と、他人の命。どちらかを取れと言われたら、俺は、どうする?答えられずにいた俺に、ホルホースはため息をついた。

「偽善者だなお前。大体、この旅に出る前覚悟を決めたんじゃねーのか?DIOも、邪魔する俺らも…殺してでもお袋さんを助けるって」

俺を見るホルホースの目は、切り裂くような冷たさを持っていて。

「お袋さんが助かった今もうそんなこと考えてませーんってか?一人の為に他の人達を犠牲にするなんて酷い!とでも言いたいのか?それともお前にとって悪人なら何してもいいとでも思ったか?随分な甘ちゃんだなあおい」

何も言い返せない俺に、ホルホースは吐き捨てる。

「姫さんは、お前の為になら俺だって笑って殺せるだろうぜ。姫さんはお前を選んだ。…じゃあお前はどうなんだ、空条承太郎?」

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