神隠しの少女 | ナノ






目を開くと、閉じているときと変わらない闇があった。少し考えて、今までの事を思い出す。眉間を押さえて、自分のスタンドの応用力にため息をついた。

「万能なのかなんなのか…」

能力の幅は広い。なんなら自分で使いこなせる気がしないほど広い。しかしそのせいか代償が大きかった。少しは練習したおかげで、他人をこちらに招き入れる際の疲労感は減った。だけれど今回のように緊急の際に準備もなくやれば、倦怠感に頭痛やらなにやら副作用が酷い。移動の際の一瞬の経由としてなら大丈夫そうだが…それも大人数となれば分からなかった。そして今回のスタンドの変化。今も気を抜けばまた意識を失いそうな重ったるさと、それに相反する痛みが走る。便利すぎる能力だが多用は出来まい。多用どころか一度使えば足手まといなんてレベルではないだろう。大体あの現象はなんなんだろうか。また使えるのか。今回承太郎の命がかかっていたから奇跡的に使えたとかでも驚かない事象である。

「…分からない尽くしだな」

もう一度大きくため息を吐いて、皆は大丈夫だろうかと思い出す。…承太郎は大丈夫だと思う、思いたい。だが他の面子はどうなっているのか。確認するために出ようとするが…出られない。

「…え?あれ?スピリッツアウェイ?…スピリッツアウェイさーん?」

呼んでも呼んでも出てこない。え、愛想尽かされた?そういえばなんか悲しそうと言うかなんとも哀愁漂っていた、よう、な?本当に愛想尽かされてたら…私此処から出られないとか?思わず口から乾いた笑いが出る。この状況から逃げようとばかりに薄れ掛ける意識をなんとか手探りで手繰り寄せる。現実逃避してる場合じゃないぞ空条茉莉香!
頭痛を収めるように額に手を当てると、酷く熱かった。…あ、これ熱も出てますね。もういいか、寝ようかな…。
先程の空元気も即座に撤退し諦めかけたその時。

「諦めちゃうの?」

そのどこか聞き覚えのある声にのろのろと振り返る。後ろには、あの夢で見ていた幼い頃の私が居た。お気に入りだった白いワンピースが闇の中で光を発するかのように鮮やかだ。あの時何度となく赤く染まっていたそのワンピースは白いままで、胸の刺繍が可愛らしく鎮座している。それに思わず笑いが零れた。

「まだ夢の中だったのかな」
「どうだろうね。それより笑ってる場合かなあ」
「そうだねえ、そうじゃないかもね」

呆れたような顔をする幼い私に笑いかければ、深々とため息をつかれた。

「…ねえ」
「なあに?」
「本当に、守れるの?」

その言葉に笑みが消える。ジッと見つめ合う私たちはお互いに無表情だ。

「私が居なければ、こんなことにならなかった。…違う?」

彼女は訥々と、私を責める。

「私が居なければ、彼らはなんの問題もなくカイロまでたどり着ける」
「そうしたらDIOも典明君もアヴドゥルさんも死んじゃうよ」
「でも、生き残る彼らは無事だよ。今回みたいに危険に晒されることもない」
「そう、だね」
「私たちのせいで、物語が変わる。…本当に私たちのせいで誰かが、死ぬかもしれないんだよ」

その言葉に息を飲む。瞬きをするごとにあの夢のように血にまみれた彼らが、現れる。

「止めて…」
「ねえ…本当に、いいの?」

右手に重みのある何かがあった。見なくても分かる。何度となく突き刺した、あのナイフだ。

「今回は何とかなったけど…次はないかもしれないよ?いいの?…私を、殺さなくて」

ズキンズキンと頭が痛む。彼女は、私は私の心だ。このまま進むことへの恐れが、そのまま映し出された、鏡。いっそ殺してしまおうか。このまま闇の中を漂って…いつか消えてしまえるかもしれない。何もかも投げ捨てて、痛みも怯えることもなく。
…重さを増していくようなナイフを、一度強く握りしめてから手放した。それと同時に死体となった彼らは消え失せて、また私たちだけが取り残される。

「…いいの?」
「…うん。どんなことがあっても、やれることをやるよ」
「また逆効果かもしれないのに?」
「それでも…後悔だけはしたくないから」
「…さっきまで諦めようとしてたくせに」
「それは言わないでよ…」
「…支えてくれる人は、居る?」
「居るよ。沢山いる」
「そっか」

どこか嬉しそうに微笑んだ私が、ひらひらと手を振る。

「諦めないでね」
「…頑張る、よ」
「…今日の事忘れなかったら、なんとかなるよ」

ニッと笑う姿は、悪戯を思いついた時の顔だと他人事のように感じて――。先程から求愛し合っていた瞼が、急激に勢力を増し、その言葉を最後に私の意識はまた闇に落ちた。



「茉莉香!」
「…じょ、たろ…?」

目を開くと、承太郎のアップがあった。いつもならときめくところだが、それを全身に走る痛みが押しとどめる。吐き気を催すほどの痛みに、意識が遠ざかることすら許されない気がした。

「どこ行ってやがった!」
「は、あ…」

見回すとどうやらここはジープの様だ。自分自身訳が分からずにいると、承太郎がぽつぽつと話し出す。…どうやら承太郎がエンヤ婆を打ち破り、皆と無事合流したが私だけ居なかったらしい。手分けして探しても見つからず、一旦ジープに帰ってきたら私が居た、とのことだ。

「…心配かけて、ごめん」
「…本当にな」

ため息をつく承太郎に、痛む体をおして何とか微笑む。なんだか今日はため息をつかれてばっかりだ。

「…承太郎」
「ああ?」

機嫌の悪い承太郎に苦笑しつつ、これだけは伝えなきゃと呂律の回らない舌を動かす。

「格好つけてくれてありがと」
「…何馬鹿なこと言ってんだ」

学帽を引き下げた承太郎に笑って、また意識を飛ばす。薄れかかった意識の中で私の名を呼ぶ承太郎に大丈夫、と言いたかったがそれは叶わなかった。



新たな可能性
忘れなかったら、道が見えるよ

[ 3/3 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]