神隠しの少女 | ナノ






部屋の外から話し声が聞こえてきた。エンヤ婆と二人身動ぎもせずに睨み合う。

「エンヤ婆、もう一度だけ言うよ。…承太郎たちに手を、出すな」
「それは応えられんな」

エンヤ婆の後ろにぞわりと霧が集まった。哄笑するかのように口を開いた髑髏に眉をひそめる。お互いの距離はほんの数メートルだ。承太郎たちがここに来る前に全て終わらせられる。

「スピリッツア」

スタンドを呼び出そうとしたその瞬間。勢いよく何かが吹っ飛んできた。避けようとするが足が動かない。不味いと思う暇もなく飛んできたものと激突した。私を押しつぶす様にしているのはホルホースさんだ。
倒れこんだ音に驚いたのか慌てた足音が近づいてくる。失態続きの自分に舌打ちの一つもしたいところだがそんな悠長なことをしている場合ではない。急いでホルホースさんを退かしたのと、ドアが荒々しく開かれたのは同時だった。

「茉莉香!?」

承太郎が私を呼んで顔を向ける。目を見開いている承太郎とポルナレフを視界に入れると同時。

「承太郎!!」

陰に隠れていたエンヤ婆が、鋏を承太郎へと振り下ろした。

「ッ!」

辛うじて身を翻したが、掠めた刃が承太郎の制服を切り裂いた。そしてエンヤ婆はそのまま勢いよく走り去っていった。訳の分からない行動に誰もがポカンとする。

「な、何なんだ一体!っていうかテメー!ホルホース!なんでここに居やがる!」
「おい茉莉香、大丈夫か」
「う、うん…っていうか承太郎!怪我は!?」

ホルホースさんには悪いが放り捨てる。ガツンと凄い音と共にいてえ!という叫び声がした。どうやら意識が戻ったらしい。

「怪我…?ああ、今あの婆さんに少し切られたな」

忌々しそうに顔を顰める承太郎の背後に霧が――
次の瞬間承太郎が消え失せた。消えた承太郎と、彼がいた場所に立つ私のスタンドを見てポルナレフの顔色が変わる。

「おい茉莉香!てめえ何をした!?」
「おい、今はそんな状況じゃなさそうだぜ」

掴みかかってこようとするポルナレフをホルホースさんが止めた。周りの風景が歪み、本来の姿である廃墟へと変わっていく。どうやらエンヤ婆は演技を辞め本気で殺しにかかって来たらしい。周りの変化に目を見張るポルナレフの後ろに現れた影に、ホルホースさんが弾丸をぶち込んだ。

「な!…こ、これはさっき死んでいた奴じゃねーか!」
「こいつだけじゃないようだがな」

冷や汗をかくホルホースさんの言う通り、霧の中にいくつもの影が揺らぐ。頭の上でも騒がしい音がしていた。どうやら典明君たちの方にもエンヤ婆の手によって、操り人形となった死体たちが襲いかかっているらしい。

「おい茉莉香!大丈夫か!」
「…ちょ、っと厳しいですねえ」

ホルホースさんに弾丸を撃ち込まれながらも、じりじりと距離を詰めてくる死体達に冷や汗が流れる。一度大きく息を吸った。冷静に今の自分の状況を鑑みる。…さっき転んだ時に付いた傷は、ほぼ塞がった。しかしエンヤ婆によって抉られた足は未だに血が流れている。それになんの準備もなしに承太郎を招き入れたせいで体が重い。まるで高熱を出した時のように拍動の一つ一つが重っ苦しく纏わりついてくる。ずきずきと痛む頭に歯を食いしばった。
二階には典明君がいる。広範囲に対する技がある分、近距離スタンドばかりがいるこちらよりは分があるだろう。それに対してこちらはポルナレフとホルホースさん。どちらも一対一の時に真価を発揮するスタンドだ。私のスタンドも多数に対して有効な手はそう多くない。こつこつとため込んできた武器を思い返す。生きている人間ならば、刃物でも降らせば怪我を負わせられるか、せめて怯ませることくらいは出来る。しかし相手はもう死んだ人間だ。操られている彼らに効くとは思えない。それに、この体調ではそれすら全うできるか…今、私はただの足手まといに過ぎない。

「ホルホースさん」
「なんだ」
「多分、上の典明君たちの方が先に終わります。そうしたらこちらに来るはずなので…それまでここ、頼んでもいいですか」
「…おいおい、俺はお前たちの敵だぜ?」
「でも、このままじゃ多分ホルホースさんも死にますよ」
「嫌なこと言ってくれるな…まあ確かにそうだろうしな。…まあ、凌ぐくらいならやってやるよ」
「ありがとうございます。…ポルナレフさん」
「…なんだよ」
「承太郎と一緒に帰って来るので、それまでお願いしますね」
「…ああもう!何が何だか分からねえ!帰ってきたらちゃんと説明しろよ!」

周りに威嚇しつつポルナレフが叫ぶ。それに見えないと分かりながらも笑って頷いた。…大丈夫、きっと大丈夫だ。そう自分に言い聞かせて私は彼女の手を取った。



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