神隠しの少女 | ナノ






承太郎達の学生服も仕立て終え、新しく用意された車に乗り込む。正直緊張で心臓が痛い。少しずつ霧が濃くなっていくにつれ、更に拍動が激しくなる。
霧の向こうに、町がちらりと見えた。

「まだ3時前だが…しょうがない…今日はあの町で宿をとることにしよう」

ジョセフおじいちゃんの言葉に、心臓が一段と速くなった。今、エンヤ婆のことを言えば戦闘は避けられる。しかし、何故私が知っているかと言うことを問われるだろう。霧のスタンドだとはいえ、これがそうだと言い切れるはずもない。
押しきれる可能性もなくはないが…私には、言い出す勇気がなかった。
徐々に近づいてくる町を見ながら、私は唇を強く噛みしめた。

町に入ると陰鬱な空気が漂っている。当たり前だ、ここに居るのは死人ばかりなのだから。
ジョセフおじいちゃんがレストランの男に声をかけている内に、作戦を練る。今はまだ、言い出せない。しかし、エンヤ婆が出てきさえすれば、私が彼女に気付いてもなんら不思議はない。幸い、運命戦での承太郎たちの傷は塞がっている。先手を打てば、彼女に負けはしないだろう。

「死んでいる!」

ポルナレフの驚いたような声に目をやると、男性が崩れ落ちた所だった。…この後、女性に声をかけて、男の死因を確かめる。そして、エンヤ婆が来るはずだ。きっと彼女のことだ、既にこちらを窺っているに違いない。そっと周りを見渡すが、霧が濃くてよく分からなかった。

「失礼」

私の後ろを通ろうとした男を避けると、僅かによろける。それに当たらないように一歩引くと、足に痛みが走った。慌てて見下ろすと、霧に隠れて見えなかった赤ん坊が蠢く舌を見せつけるようにしてから、素早く消えた。足の甲には斬りつけられた様な傷がある。
不味い、と思った時にはもう遅かった。垂れた血が蒸発するように消える。
承太郎たちの方へ声をかけようと振り向こうとした。

「じょ」

足が引っ張られるような感覚。声に気付いた承太郎がこちらを見るのと同時に、派手にすっころんだ。日本とは違いまともに舗装されていない上に、実際には廃墟となっている地面である。何か所も擦り剥けてしまった上に、口を開いていたせいで舌を少し噛んでしまった。口内に鉄の味が広がる。
痛みではなく、絶望にも似た感覚に血の気が引いた。

「何してんだお前…」

呆れた様に手を差し出す承太郎に、勝手に動いた手が掴まる。伝えなきゃいけないことがあるのに、承太郎から顔を逸らして、小さく肩を竦めるような動作を取る。
転んだことに照れていると思ったのか、承太郎は何も言わずに背を向けた。ああ、違うんだよ承太郎…!
唯一自由になる目で彼に合図を送ろうにも視線が合わなければ意味がない。そうこうしている間に、小さな人影が見えた。

「わたしの宿にお泊りになりませんかのォ…安くしときますよって」

駄目だ、と言おうとするのに、舌はちっとも動かない。いっそこの場でどうにかしようにも、足が動かない。漸く一歩踏み出した時には、私のスタンドの有効範囲から彼女は外れていた。

「…傷がいてえのか?」

少し遅れたことに気付いた承太郎が戻ってくる。無言で頷いた私を承太郎が抱え上げて、皆を追った。私に気遣っているのか、ゆっくりとした歩調で承太郎は進む。その優しさが普段ならば嬉しかったが、今ばかりはじれったい。
宿に着くと皆中に入ったのか、姿はない。素早く周りを見渡すが、エンヤ婆の影もとらえられなかった。
ロビーの奥の個室。あそこにエンヤ婆はいるのだろうか。それならばまだ勝機はある。しかし、この宿も彼女が作り上げた幻覚なのだ。私の予想通りにそう上手く進むのだろうか。それでなくとも出鼻を挫かれたばかりだというのに。
承太郎が宿帳に記帳しようと入り口わきに私を降ろして足を運ぶ。それを視界の端に入れながら周りを警戒していると、承太郎が眉をひそめた。

「…カッター、か?」

その言葉に弾かれたように承太郎の方を振り返る。…あれ、今自分の意思で動いた?
そんな違和感も承太郎の指先から流れる血に吹っ飛んでしまう。

「ど、ど…!」
「落ち着け」

承太郎も警戒しているのか、辺りを気にしながらも私を宥める。しかし、私の顔は真っ青になっているだろう。

「おい、なにしとるんじゃ?」

険しい顔で向かい合っている私たちに、ジョセフおじいちゃんが二階から声をかけてくる。見上げた私と視線が合って、酷く渋い顔をした。

「どうした茉莉香、顔色が悪いぞ」
「おお…確かに御嬢さん…具合が悪そうですじゃ」

ジョセフおじいちゃんの後ろから顔を出したエンヤ婆に更に血の気が引く。今にも倒れてしまいそうだ。エンヤ婆と私の距離は10m以上離れている。これではスタンドで攻撃することもできない。それが分かっているのか、エンヤ婆は目を細めて口元を吊り上げる。その後ろに、一瞬霧がかかった。…承太郎たちには人の良さそうな老婆の笑みに見えるのだろうか。私には、魔女の禍々しい嘲笑にしか見えない。

「温かいお茶でも淹れますよって…。その脇にある部屋で待っとってください」
「すまんな。お願いしたい」

朗らかに笑うジョセフおじいちゃんが承太郎を呼ぶ。承太郎は私の方を心配げに振り返ったが、再度呼ばれてしまった。後で迎えに行く、と小さく告げて歩き出した承太郎の後ろで、霧が嗤う髑髏を形どった。

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