神隠しの少女 | ナノ






そしてあれよあれよと言う間に、車が崖から落ちかけて、私たちは間一髪逃げ延びた。…正直寝てたので何がどうなったかちゃんと理解してないよね!
取り乱す少女を宥めつつ、狭い隙間に入るが運命のスタンドを纏った車はそこにまで入り込んでくる。…車がいかつくなるのはスタンドだとしても、原型の車まで歪められるってどういうことだ。ラバーソールだって容量大きくできても自分を小さくするのは無理って前に言ってたぞチクショウ。
誰にともなく文句を言いつつ、逃げる。途中危ない所もあったが、承太郎の機転のおかげで、問題なく事は進んだ、筈だった。
戦意喪失したズィーズィーの瞳に、一瞬剣呑な光が宿る。反射的に承太郎を強く押した。流石に突き飛ばせなかったが、よろけた承太郎の側を、ガソリンの塊が通った。…私の腕をかすめて。
ぽたぽたと落ちる血に承太郎の顔に怒りが浮かぶ。いや、君の方が重傷だからね、と思いつつ執成した。こんなことで承太郎に罪を犯させてはなるまい。
なんとか原作通り岩に括り付けるだけに留めて、先程よりも狭い車に乗り込む。ちなみに今回は後ろの座席に三人は座れなかったので、家出少女は承太郎の上、私は典明君の上だ。

「ごめんね、重くない?」
「大丈夫だよ」
「なんでてめーが俺の上なんだ」
「いいじゃない承太郎!」

ハートマークが付きそうなくらいうっとりとした声をあげる少女に苦笑しつつ、車が動き出す。…あ、車酔い忘れてた。


町に辿り着き、少女を財団の人達に受け渡すことが決まった。最後にどうしても承太郎と一緒に居たい!とのことで、部屋割りはまたもや典明君と一緒である。気兼ねしなくて助かるけども。

「出発いつくらいになるかねえ」
「車を用意したりしなきゃいけないみたいだから…少し掛かるかもしれないね」
「そっかー…」
「どうかしたかい?」
「…いや、ポルナレフじゃないけど早くちゃんとしたトイレがある所に行きたいなって」
「確かにね…。ここは普通でよかったよ」

慣れるしかないけど慣れたくないもんね、と笑い合いって、シャワーを浴びることにする。終わったら怪我の手当てをちゃんとしないとな、と思いつつ服を脱いで。

「あれ…?」

傷が、塞がってる?
よく考えれば、ブルームーンとの戦いで負った腕の傷も、あの女の人との戦いで切られたはずの腹部も、もう痛まない。傷跡は残っているものの、それももう大分薄くなっている。
腕と腹の傷も、今日負った怪我だって、浅くは、なかった。

「典明くーん」
「なんだい?」
「今日さ、怪我してたけど大丈夫?」
「…ああ、まだ痛むけど、とりあえずは大丈夫だよ」
「そっか、よかったー」
「茉莉香こそ大丈夫かい?」
「皆に比べたら掠り傷だよー!全然問題なし!じゃあ、先にお風呂失礼しまーす」
「ゆっくりどうぞ」

扉越しに典明君と会話をする。その声は、震えてはいなかっただろうか。
良く考えたら、皆怪我をしても治りは早かったじゃないか。スタンド使いって体が強いとか、そういうことなんだろう。原作だって次の話に進めば、皆怪我は治っていたわけだし。
そう、自分を納得させようとする。だけど。
ここはもう、漫画の中では無く、私にとっての現実で。痛みも、傷もある。確かに怪我の治りは皆、どちらかと言えば早い。それでも、直ぐに治っているわけではない。戦いの合間合間でなんとかやりくりをしているのだ。そう、彼らは人間なのだから。
もう痛みもほとんどない腕の傷に指を這わせる。盛り上がってきている肉が、違和感を呼び起こした。

「DIO…」

思わず口からこぼれ出たのは、彼の名前だった。だって、これじゃまるで。彼と同じように、なってきているようじゃあないか。
そこまで考えて大きく頭を振る。コックを捻って冷水を頭から浴びた。体を冷やすその冷たさに身震いをする。
…きっと、ただの勘違いだ。こちらに来る前の怪我は、ホリィママのおかげでだいぶ良くなっていた。今回の傷は、自分で思っていた以上に浅かったのだろう。ただ、血が多めに出てしまったから深いと勘違いしただけで。
閉じた瞼の裏に、彼の顔が思い浮かぶ。血の様な色の瞳を細めて、笑う。口の端から覗く鋭い犬歯が、光を反射して煌めいた。

「私は、違う」

私は、人を辞めたりしない。それは、裏切りだから。そう思うのに。

「ああ…くっそ…」

彼がいればそれもきっと悪くはないと思ってしまうなんて。



甘美な誘惑
長く会っていないから、感傷的になっているだけだと言い聞かせて

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