神隠しの少女 | ナノ






典明君と二人、まだ誰も起きてこないロビーでのんびりとコーヒーを味わっていた。お互い何も話さないが、それを居心地が悪いとも思わない。こんな穏やかな気分になれるのも久しぶりだなあ、と肩の力を抜く。

「茉莉香」
「んー?」
「…やっぱり、失敗だったかな」

私を見て首を振る典明君に、思わず苦笑してしまう。さっきから何度同じようなことを知っているのだろうか。

「そう?初めてにしては上出来だと思うけど」
「でも…やっぱり承太郎に頼んだ方が良かったんじゃ…」
「いや、多分反対されただろうから丁度いいよ」
「睨まれるのは僕じゃないか…」

ため息をつく典明君に何か言おうとした瞬間、後ろから悲鳴が聞こえた。

「Oh My God!どうしたんじゃ茉莉香!」

目を見開いたジョセフおじいちゃんが凄い勢いで近づいてくる。それにちょっと身を引いたが、そんなものは関係ないとばかりに詰め寄られた。

「一体何があったんじゃ!」
「いや、ただ…」
「朝っぱらから何騒いでやがる」

私の言葉を承太郎の声が遮った。ジョセフおじいちゃんの陰から顔を出すと、承太郎とポルナレフが、居た。承太郎と目が合って、彼は固まった。私を見て一瞬固まったポルナレフも、目を瞬かせる。

「お前…どうしたんだその頭」
「頭は通常営業だけど」
「…髪、どうした」

茶化せば、眉間に深く皺を刻んだ承太郎の、低ーい声で問いただされる。私は短くなった襟足を触りながらへらりと笑った。

「ん?これからの旅に気合を入れようかと思って」

肩よりちょっと下まであった髪の毛を、朝典明君に切ってもらったのだ。久々に項が丸出しでスースーする。
イタリアであの事件のあった後、私は髪を短くしていた。それは、私にとって何が有ろうと原作を変えてやる、という覚悟の表れでもあったのだが。空条家に来てから、ホリィママに望まれて少し長くしていたのだ。ちょっと油断していたともいえる。
だから、今言ったことは嘘ではない。…まあ、髪に気を取られて、ポルナレフとの間に流れる気まずい雰囲気を察されない様に、という意図があったのも否めないが。
その計画は案外うまく言ったようで、食事の時も承太郎とジョセフおじいちゃんは、一度も目を合わせない私たちに気付くことなく、文句を言っていた。


「…さて、とりあえず先に進むとするか…」

未だに不機嫌なジョセフおじいちゃんが助手席に乗り込む。ポルナレフが助手席に座り、私たちも席に座ることにする。

「典明君真中でもいい?」
「いいよ、君が酔うと大変だからね」

さっさと乗り込んだ承太郎の隣に典明君が座り、最後に私が座った。扉を閉めると、エンジンを唸らせて車が進む。
…日本とは違ってほとんど舗装のされていないこの道のりは窓際に座っていても少々キツイ。揺れる視界に、脳みそが撹拌されている気分だ。

「茉莉香、顔色悪いよ」
「…あー、うん…」

典明君の言葉に曖昧に頷いていると、車が急停止した。…あれか、昨日のことを根に持ってるのかポルナレフ。
そんな事を考えていると、皆が驚いたような声を上げる。しかし、頭痛と戦っている私には意味のある言葉として通じない。そうこうしている間に扉が開いた。
顔を上げると、シンガポールで別れたはずの少女が居て。…ああ、そういえばそんな展開だったっけ、と一人頷く。
…さて。原作では私がいなかったから座席は空いていたが、今は満席だ。少女も困った様な顔をしている。正直危ない目に合うのが分かっているので乗せるのはどうかと思った。しかし、だからと言って女の子をこんな所に置いていくのも問題だろう。
皆もそう思っているのか、何とも言えない空気が漂った。

「…承太郎。膝にでも乗せてあげたら?」
「なっ」
「ほんとう!?ありがとう承太郎!」

まだ当の本人は何も言っていないが、少女は嬉々として承太郎の上に乗る。ぱちりとこちらにウィンクしてきたので、なんとか笑みの形を作った。

「何で俺が…!」
「私乗せられない。花京院君の所は何かあった時危ない。でも私真ん中じゃ死ぬ。おーけー?」

早口に言い募れば、承太郎も私が一杯一杯だと気付いたのか、大きなため息をついて黙った。それを確認して目を閉じる。寝よう。それが酔わない唯一の方法だ。
ようやくうとうとしてきた時に、悲鳴と衝撃。むち打ちになるんじゃないかと言うくらいの首の揺れに目を開けた。
…目の前には大きく凹んだトラック。そして言い争う車内の喧騒。頭痛が増した気がして、頭を押さえた。

「大丈夫かい?」
「あんまり大丈夫じゃないかな」

典明君の気遣いをバッサリと切って、次の町まで私のスタンドで運べばいいんじゃないか、ということに気付く。正直何があるか分からないのであまり原作を変えたくはないのだが…この車酔いはキツイ。
提案しようと口を開くが、その前に車が発進して舌を噛んだ。…痛くて視界が滲む。
しかし、痛みのおかげで多少思考がクリアになった。…あれ、良く考えたら私どこに運ぶつもりだったんだろう。
私が知っているのは原作に書いてあったことだけだ。つまり、この後はエンヤ婆の居る廃村まで飛んでしまう。いつ家出少女を下ろしたのかなど全然知らないのだ。
エンヤ婆戦を吹っ飛ばすのは流石に不味いだろう。あのパワフルお婆ちゃんに追われるとか本気で勘弁して欲しい。正直宿のお婆ちゃんに扮してたから見抜けたレベルだよあの人。陰からやられたら普通に全滅レベルだよ。…まあ、それはダン君にも言えることだけど。
しかも多分、一番に私狙われる気がするよね。だって正体知ってるし、J・ガイル見殺しにしたし。それはまあ、原作通りでも変わらないんだけど。
運んでしまうメリットとデメリットを比べている内に、いつの間にか茶屋についていた。…ああ、もういいや。考えるの面倒くさいし、流れに身を任せよう…。
そんな怠惰な結論に達して、私は漸く揺れから解放されたことを喜んでおくことにした。


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