神隠しの少女 | ナノ






静まり返った教会でぼんやりと視線をうろつかせる。ステンドグラスを通して様々な色に染まった光を目で追って、最終的には精巧な作りに目をやった。

「…割ったら楽しそうだな」

細かく割れた破片は光を浴びてキラキラと輝くだろう。色とりどりの欠片が降り注ぐのを想像して一人ほくそ笑んだ。

「随分と罰当たりなことを考えるね」
「考えるだけなら罪じゃないんじゃない?」

後ろから聞こえた声に振り返れば、想像通り渋い顔をしたプッチが居た。ひらひらと手を振れば、呆れた様にため息をつかれる。

「DIOは?」
「彼ならまだ寝ているよ」

指差した先には祭壇があり、その奥にDIOが眠る棺が置いてある。それを確認したプッチが更に渋い顔になった。そこにはステンドグラス越しとはいえ日の光が煌めいているからだろう。

「万が一にもないとは思うが…彼がもしまだ日のある内に棺から出たらどうするんだい」
「そんな馬鹿なことはしないでしょうよ」
「だが…」

まだ何か言い募ろうとするプッチに体ごと向き直る。

「それともプッチ。君はDIOがそんな愚か者だとでも思うの?」
「…いいや。そうだな、彼がそんなミスをする筈がないな」

自分を納得させるように頷いたプッチが聖書を抱えなおして隣に座る。ぱらぱらと捲る指先を眺めつつ、ずっと気になっていたことを聞いてみようかな、と思った。

「ねえプッチ」
「なんだい?」
「君ってよく聖書を読んでるけど…それって面白いの?」

手を止めたプッチが何とも言えない顔でこちらを見てきた。…なんだかすごい残念なものを見るようにされている気がする。失礼な。

「…君はカトリックなのかと思っていたけれど」
「ん?ああ、まあ関わりはしてるけどね」

幼い頃暮らしていたイタリアはカトリックの総本山を抱えているだけあって信心深く、祖父母に連れられてミサにも行ったし、空条に引き取られてからもホリィママに付き合って教会に行くこともある。だがその前での日本人としての日々の積み重ねのせいか、どうも一線引いて見ている感があるのは否めない。
イエス様や神様と言うのが存在するかどうかは知らないが、居たとしてもそれは甚くサディストの気が有ると思う。人がどれだけ苦しもうと祈ろうと、救ってくれることはまずないのだから。
とはいえ、信じる者は救われる。宗教とは精神的な拠り所であり、現実的な問題の対処はいかんせん精神的に救われる人が居る以上否定する気はない。ただ、私は日本人が多くそうするように、困った時の神頼み程度だ。まあ、都合よく神様という存在を使っていると言えなくもない。
そんな私にとって聖書を肌身離さず持ち歩き、暇があれば開くプッチの考えはよく分からない。何度も読んでいるのかボロボロになったそれは、そんなにも大切なものなのだろうか、という好奇心だ。

「そうだな…まあ、色々と言いたいことはあるが…」

考え込むように目を閉じたプッチが少しして口を開いた。

「聖書と言うのはね、有史以来一番売れた書物なんだ」
「へ?」
「旧約新訳など違いはあれど最も印刷され、現在に至るまで最も売れている本なんだよ」
「はあ」
「もちろんそれだけ信心している人が居るとも言えるし、ここから学ぶことも多いということなんだろうが…不思議なものだね。人の価値観とは時代や背景によって大きく違うのに聖書はずっと売れ続けてきた」
「まあ、そうだねえ」
「つまり、どんな時代でもこの字の集まりが人々の心を捉えて離さなかったということだ。それが何故なのかは分からない。気付けば多くの人々が信仰していたから惰性で続いているのかもしれないし、信じれば救われるというその手軽さに惹かれるのかもしれない。だが、それほどまでに魅力のあるものだ。読んでも損はないだろう?」
「…あー、とりあえず。君がそんなに喋るの初めて聞いたよ」

プッチの言葉にどう言えばいいか分からず率直な感想を言えば、笑われてしまった。

「まあ、幼い頃から読んでいたものだから落ち着くというのもあるんだけどね」
「ふーん」

それにしても。先程のプッチの言葉は神父としてはどうなのだろうか。キリストに殉ずる彼らの様な人にとって聖書とは最も重要な宗教文書なはずだが。今の言い方ではかなり軽んじているように思える。

「プッチ」
「なんだい」
「君にとって神様ってなんなの?」
「…神は神さ。私は神を愛し敬っている」

僅かに目を伏せたプッチが微笑む。

「神は我々に試練をお与えになる。我々はそれを受け止め乗り越える必要がある。覚悟をして、ね」
「覚悟、ね」

彼の言うそれは、普通の人が言う覚悟とは違うのだろう。何が起こるか分からずにそれでも道を切り開く覚悟ではなく、分かっていてそれを受け止める覚悟。全く、同じ言葉なのに随分と違うものだ。

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