神隠しの少女 | ナノ






「俺は全然寝られなくてな」

ポルナレフの言葉にやっぱりか、と納得した。何年も追いかけていた相手を漸く仕留めたのだ。神経が昂ぶって寝れなくても仕方があるまい。これで体調を崩されたりしても困るが、こればかりは人が言ってどうにかなるもんでもないしな、と困ってしまう。

「なあ」
「はい?」
「寝れねーなら話にでも付き合ってくんねーか?」
「…いいですよ」

少し話に付き合って、それで満足すれば。そう思ったのが運の尽きだった。

「なんつーかよ、悪かったな」
「え?」
「いや、初めに会った時にすげえ疑ってただろ俺」
「まあ、それは仕方ないですよ」

あの状況で疑わずにすんなり受け入れられた方が不安である。主にポルナレフの頭的な意味で。そんな失礼極まりないことを考えてしまった。

「でもよー。お前と承太郎とかジョースターさんと話してるとこ見ると疑ってたのが馬鹿らしくなっちまってな」
「はあ…」
「妹ってのはどこも同じようなもんなんだな」
「そう、ですか?」
「ああ。俺の妹…シェリーも年下のくせによく俺の世話焼いててよ。ちゃんと飯食えとか歯磨いたかとか。茉莉香もよく承太郎に似たようなこと言ってんだろ」
「…放っとくと肉しか食べないんですもん承太郎は」

案外見られていたんだなあ、と思って気恥ずかしくなる。視線がついうろついた。そんな私をポルナレフはにやにやと笑って見ていて。そして、スッと無表情になった。

「もし、シェリーが生きてたら、茉莉香とは仲良くできてたかもな」
「…そうですね」

そうしたら出会ってなかったでしょう、なんてツッコミは野暮だろう。急に重たくなった空気に冷たい汗が流れた。

「シェリーは喜んでっかな」
「え?」
「あのくそ野郎を殺して。あいつは喜んでくれってかなあ」

一人ぼやく様に呟かれた言葉に冷水をぶっかけられた様な気分になった。一体、この人は何を言っているんだろうか。呆然としている私に気付かないのか、ポルナレフは一人話しを続けている。

「漸く仇が取れた。ホル・ホースの奴は逃がしちまったが…アヴドゥルも少しは安心してくれてっといいんだけどなあ」
「シェリーの無念を、少しでも晴らせて本当良かったぜ」

僅かに微笑みながらしゃべる彼の言葉が、ぐらぐらと脳みそを揺らす。ねえ、ねえ。あなたは本気で。

「本気で、そんなこと思ってるんですか…?」

ピタリとポルナレフが止まる。こちらを向いた彼の瞳の中には渦巻くような、影があった。
ああ、彼はきっと頷いて欲しかったのだ。彼の行いは正しかったと。彼らも喜んでいると。だけど、そんなのは。

「幻想、でしょう」
「茉莉香…?」

不安そうな声でポルナレフは私を呼ぶ。だけれど私は止まらなかった。止められなかった。復讐を遂げた目の前の彼が、罪悪感に押しつぶされそうになっているのが、酷く不快だった。

「死んだ人間は、何も思いませんよ。何も言いませんよ。だからあなたは、彼を殺したんでしょう?」

大切な人を奪われたから。もう泣くことも喜ぶこともできない、ただの肉の塊にされたから。だから復讐しようと思ったんじゃないのか。自分の悲しみを、怒りを晴らそうと手に掛けたのでは、ないのか?

「それ、は」
「あなたは、本気で死んだ妹さんが喜ぶとでも?ありがとうと夢枕にでも立ってくれるとでも思ってたんですか?」

少しずつポルナレフが青褪めていくのが分かった。それでも、私は彼を責めたてる。

「あなたはただ、自分が彼が憎かったから、大切な人を奪われた怒りを晴らそうと彼を、J・ガイルを殺したんでしょう?」

それを、そんな風に言ったら。

「それともあなたは、自分がしたことの責任を死んだ妹さんに押し付けるんですか」

自分があの男と同じ人殺しになったことを。それを死んだ人間のせいにするのか。
自分で選び取った選択肢を、愛した妹のせいにして。そんなことをするほど――。

「あなたは、あなたの為に人を、殺したんでしょう」

ポルナレフが何か言おうと口を開いて、力なく俯いた。その姿を見ながら私は泣きたくて、仕方なかった。
お願いだから、そうだと言って。あなたも私と同じなんだと――。

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