神隠しの少女 | ナノ






「助けてくれねえか」
「嫌だよ」

私は、君の無様な死に様を見たいんだから。その言葉に男は、醜悪な顔をさらに歪ませた。



シンガポールから旅立って約一週間。私たちはようやくインド・カルカッタに到着した。街並みに出た瞬間人に囲まれてしまう。バクシーシと唱える子供たちや、なんだかんだと物品やら恩やらを売りつけようとする人の声。やっとタクシーが動き出した頃にはすでに疲れてしまった。
アヴドゥルさんはこれがいいんだ、なんて言っていたが、私には理解出来そうにもない。

レストランに着いて、いい所だなんて言い出した承太郎にジョセフおじいちゃんと同じく驚愕の視線を投げかけておく。そんな私たちから離れてトイレに向かうポルナレフ。それとなくそちらに視線を向けた。
もうすぐ、J・ガイル達の攻撃が始まる。姿は見えないがすぐ側にあの男がいるのだと考えると、嫌悪感のあまり鳥肌が立った。
少しして鏡の割れた音がする。慌ててポルナレフの所に向かう皆の後について行った。

「どうしたポルナレフ」
「何事だ!?」

慌ただしく声をかける皆に混じろうとしたが、誰かに強く腕を引かれて叶わなかった。後ろを振り向くと、そこには―――。



目を開くと建物であったろう残骸とザラザラとした砂が映った。

「お、起きたか。気分はどうだ?」
「…最悪、だね」

体を起こそうとすると、ぐらりと視界が揺れる。慌てた様に私を抱きとめたホル・ホースさんが頬を掻いた。

「薬の分量間違えちまったかあ?」
「…んな慣れてないもん使うわないでよ」

未だに感覚がはっきりしない手を何度か握っては開く。徐々に感覚が戻ってきているのを確認して息を吐いた。

「にしても、ホル・ホースさんにしては大胆なことしたね」

まさか、あんな側に承太郎たちが居るのに攫いに来るとは想像だにしていなかった。

「オレもそう思うぜ」

苦笑するホル・ホースさんの額には汗が浮いている。自分の行動を思い返して肝を冷やしているのだろう。普段は裏方に徹している人だし。

「…で、今はどういう状況になっているのかな」
「ああ…いや…」

歯切れの悪いホル・ホースさんに目をやる。うろうろと定まらなかった視線がようやくこちらを見た。

「…モハメド・アヴドゥルは始末した。花京院とポルナレフはJ・ガイルが追ってるぜ」
「…そう。承太郎とジョセフおじいちゃんは?」

私の反応に驚いたのかホル・ホースさんは一度目を丸くした。が、一度咳払いをして続ける。

「その二人は別行動だ。多分そろそろこっちに来るだろ」
「…ああ、隠者の紫か」
「ああ」

ふむ、つまり原作通り承太郎とジョセフおじいちゃん、典明君とポルナレフの二手に分かれているというわけだ。承太郎たちが無事だという今、気がかりなのはアヴドゥルさんが九死に一生を得たかどうか、だが…。

「アヴドゥルさんはどうやって?」
「…ポルナレフの野郎が目論み通り単独行動に出てくれてな、それを追ってきたところをJ・ガイルが刺して俺が額をぶち抜いた」
「ふーん…」

なら生きている可能性はあるな。こればかりは実際に承太郎たちに聞かねばわかるまい。

「思ってたより冷静だな」
「…怒ってほしいならそうするけど」

生きている可能性がある、と知っているから冷静なだけで。これが自分の目の前で行われた事ならとりあえずJ・ガイルはもう既に生きていないだろう。ホル・ホースさんは…まあ、病院に暫く入ってもらうくらいにしたと思うけど。

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