神隠しの少女 | ナノ






それから数日。仕事が立て込んで酷く忙い。体力的には厳しい日々だったが、本音を言えばありがたかった。…時間があると、DIOの事を考えてしまうからである。
あの時は体調的なものによる情緒不安定が原因だと思っていた。しかしそれが終わってからも胸に蟠る感情を、そろそろ認めなくてはならないだろう。
…私はDIOを異性として意識しているわけだ。ちなみに好きだと言わないのは恥ずかしいからとかじゃない、と言っておこう。

「と、言ってもねえ」

彼は私のことなど女として見ていないだろう。周りにはボン・キュッ・ボンな美人さんばかりな訳だし。羨ましい。…おっと、思考がずれてしまった。
まあともかく、私のこの感情を伝えたとしても一笑に付されるか、もしくは何かの冗談としてしか受け取られまい。それは流石に私と言えども傷つく。…結局のところ、この想いは伝えるべきではないし、いつか褪せるのを待つべきなんだろう。
第一DIOが万が一、億が一受け入れたとしたらどうする?彼は悠久の時を生きる存在であり、私はただの人間だ。ちなみにそんな状況になっても吸血鬼になりたいとは思わない。つまり、私は彼を置いてさっさと老いぼれてとっとと死ぬわけだ。それは御免こうむる。
どこからどう考えても、結論は変わらない。今までどおりが一番ということだ。

くるくると回していたペンを放り投げ宙を仰ぐ。頭では理解している。だが、彼を目の前にしてそれを貫き通せるかは分からない。…初めて恋をした女学生じゃあるまいし、どんな体たらくだと自分でも思うが。
まあ、何時だって片思いと言うのは意識し始めが一番挙動不審になるものだ。慣れればなんということはない。多分。

「とりあえずスケジュールもう少し詰め込むか」

時間があればこうして延々と考え込んでしまうし、纏まった時間があれば会いたいと思う。自分で自分の制御が利かない時は外から圧力を加えるしかあるまい。
一人そんなことを考えていると、不躾に扉が開かれた。

「それは困るな」
「…DIO?」

勢いよく開かれた扉の先にはDIOの姿があった。…見慣れない格好で。

「今日こっちで何か会合とかあったっけ?」

仕立てのいい高価そうなスーツを身に纏い、いつも無造作な髪はきちんとセットされている。そんな姿に胸も高鳴るが、それ以上に珍しいもの過ぎて驚きが勝った。

「いや。…マライア達がこういう時はきちんとしろと言うものでな」

こういう時ってどういう時だよ、と思いつつ上から下まで眺める。うむ、今日も文句のつけようのない色男だ。
想像していたよりは今までどおりに接することのできる自分にこっそり安堵しつつコーヒーでも淹れようと席を立つ。しかし、キッチンに入る前にDIOに腕を掴まれてしまった。

「どしたの?」
「何もいらん。とりあえずそこに座れ」

部屋の主である私よりも不遜な態度でDIOはソファを指差した。不思議に思いつつ座るとDIOも腰を掛ける。ふと鼻を擽った香りは以前とは違うもので、鳴りを潜めていた不快感が少し蘇った。
波立つ心中を気取られない様に口を開く。

「で、どうしたの?」
「…お前に贈るものがある」
「へ?」

…誕生日はもう終わったしクリスマスまでは時間がある。何か贈り物をもらう様なイベントはほかにあっただろうか。
首を傾げている私にDIOは包みを差し出した。受け取るもどうするべきか悩んでいると急かすように開けないのか?というDIOが可愛く思えて笑ってしまう。母の日に贈り物をした小学生かこいつ。
一気に気が抜けて包装紙を捲る。高そうな箱を開くと、隣から香った甘い香りが一層強くなった。

「…香水?」
「ああ。お前に合うものを探すのは一苦労だったぞ」

最終的には私が選んだものを調合させた、というDIOをまじまじと見つめる。

「君が最近香水臭かったのって…」
「これのせいだろうな。…待て、何故それを知っている」
「あー、いや…。うん、ありがとう嬉しいよ」

曖昧に濁してお礼を言えば、不服そうな顔をしたが気を取り直したのか、何と何を入れたかなどを話し始める。正直分からんがうんうん、と頷いておいた。

「時に茉莉香。何故香水を贈られたか分かっているのか?」
「え?思いつきとかじゃないの?」

というかこいつの行動の殆どは思い付きだということを私は嫌というほど知っている。身をもって知っている。

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