神隠しの少女 | ナノ




神隠しと帝王とすれ違いと

「DIO…?」

目を開けると隣に居る筈の彼の姿がなかった。横たわっていた部分のシーツは冷たい。どうやら随分前に出て行ったようだ。
光がなく暗い部屋の中ぼうっとしていると目が慣れてきたのか、物のシルエットだけは判断が付くようになる。ベッドから出るとヒヤリとした空気に身を震わせた。机の上に置かれたランプに火を灯す。
柔らかな橙色の明かりに一つ息をついた。ジジッと芯が燃える音が聞こえる。自分の心臓と呼吸の音、そしてランプが立てる微かな音だけが部屋の中で聞こえる全てだった。
のそのそとベッドまで戻るとまた布団に包まる。顔を埋めたシーツからは爽やかな石鹸の香りとDIOの香水が入り混じって何とも言えない香りがした。

…彼はどこに行ったのだろうか。夕方にこちらに来て、まだ眠っていたDIOの所に潜り込んで数時間程眠っていた筈である。となると今は彼の活動時間だ。
普段ならば彼が起きれば私も起こされた。そしてテレンスさんのお手製の料理に舌鼓を打つ。そうされずにシーツが覚めるまで放置されていた、ということは私を起こすつもりは初めからなかったということだろう。つまり、私に見られたくない何かがあるということで。

「…女漁りか」

食事に関しては今の彼にはそれなりの制約がある。餌として死ぬ女性は居ないだろうが、人間でも吸血鬼でも三大欲求には違いがないらしい。元々四人も子をなしている時点で考えるべくもないのだが。
何とも言えない暗鬱な気分になって再度ベッドから這い出る。その足でランプの明かりを消すと、また暗闇に包まれた。周りにぶつからない様に気を付けながら扉へと向かう。
開けようと手を伸ばしたその時、勝手に扉が開いた。…いや、開かれたというべきか。

「起きたのか」
「…うん」

なんの断りもなく開けた時点でこの部屋の主であるDIOだということは分かっていた。なんとなく顔を見るのが嫌で視線を伏せたまま頷く。

「…何かあったのか」
「別に」

首を左右に振ればため息が一つ。そのまま彼は何時もの様に私を抱き上げようとする。しかし、私は彼の胸板を強く押して拒絶の意図を示した。何故なら、彼から普段は香らない女物の香水の香りがしたから。
どうしてそれがこんなにも私を苛立たせるのかは分からない。それでも、今の彼に触れられるのが嫌で、私はもう一度彼を遠ざけるように腕に力を込めた。
何時もならば有り得ない私の行動にDIOは一瞬目を丸くして、不快そうに眉をしかめる。

「茉莉香」

窘めるような、それにしては強い語気で名前を呼ばれる。しかし、私は返事をしなかった。

「帰る」
「何を言っているんだ」

私の方へと伸ばされた手を叩き落として、私はそのままそこから消えた。その一瞬の間に見えた彼の表情は、酷く固いものだった。

[ 10/14 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]