神隠しの少女 | ナノ






さて、なんとも微妙な空気になったところでぎゅるるるる…と緊張感のない音が部屋に響いた。音の発信源は隣に立つラバーソールである。

「…お腹すいちゃった」

てへ、と語尾に星でも付きそうな言い方に思わず脛を蹴った。

「痛い!」
「痛くしたからな!てか君さっき食べてたじゃん!」
「あんなのじゃ足りませんー!成長期ですから!」
「とっくに成長期過ぎてんだろ!?横にか!横に成長すんのか!」

げしげしと何度か脛を蹴る。途中から避けだし始めたので渾身の力を込めて足を踏みにじっておいた。

「…あー、まあ時間も時間か…」

少し冷静になって時計を見やればいつの間にか食事時を少しばかり過ぎてしまっている。さっき食事をとっていたラバーソールが空腹だというのは納得いかないが承太郎たちもお腹が減っているかもしれない。
ラバーソールを追い回した反動か一気に頭に血が足りなくなってふらふらする頭を抱えつつ、とりあえず食事をとりに行こうと提案しようと口を開いた。が。

「とりあえずなんか食わせろ」

偉そうに言ったデーボさんに遮られた。…うんまあ言おうとしていたことは同じだから別にいいんですけど。
その言葉に顔を見合わせた皆が立ち上がる。一旦食事に行くことに決定したようだ。何食べさせてくれるのかな、とちょっとわくわくしてるとデーボさんに腕を掴まれた。

「何でしょうか」
「お前は留守番だ」
「ええ!なんで!?横暴だ!」

叫んだ私を皆が見つめてきた。そんな中デーボさんは淡々と言葉を続ける。

「何が横暴だ。今にも倒れそうな奴外に出せるか」
「そうだねー。茉莉香具合悪いっしょ」

ぽんぽんと宥めるように私の頭を撫でてラバーソールが苦笑した。その言葉に思わず舌打ちを一つ。承太郎たちは気づいてなかったのか少し目を丸くしていた。…ま、こんなてんやわんやした状況じゃ気付かなくても当然だろう。にしても。

「目ざといな…」
「ま、お土産買ってきてやるから。じいさんの財布で!」
「そこは自分で買って来いよ!!」

思わず全力で突っ込んでふらりと体が揺れた。ラバーソールはそんな私を受け止めて、ベッドに放り投げる。

「留守番よろしくねん」
「…美味しいお土産じゃなかったら殴る」

けたけたと笑うラバーソールが不安そうな顔をした典明君たちの背中を押して外に出す。一番最後に扉をくぐろうとしたデーボさんに軽く手を振って、そのまま私は目を閉じた。
ああ、なんか自分がぐるんぐるん回ってる気がします…。出来ることならこのまま意識を飛ばしてしまいたかったがそうもいかない。

「やっぱ駄目だったかぁ」

お母さんからスタンドの脅威が取り除かれた今、旅を終えてくれるのではないかと言う淡い期待を抱いていたのである。だって、元はお母さん救う為の旅だしね?それが必要なくなったんだから日本に戻ったっていいじゃないか。
まあ、そんな考えは私の我儘だと分かっているんだけど。DIOはお母さんが倒れて皆が討伐に出る前から典明君を刺客として承太郎を襲わせている。このことから彼が承太郎たちを狙っているのは明白なわけで。元凶であるDIOをどうにかしなくちゃいけないと思うのは当然だろう。というか、彼らの性格的にはそんな直接的な理由がなくても、彼の様な存在が居るだけで向かう理由になるのかもしれない。
一つ大きなため息が漏れた。

「本当に、出来るのかな」

気弱なことだと自分でも思うが、そんな弱音が口をつく。ここは、大きな転機だったはずだ。
承太郎たちは家が襲撃されたことを知らなかった。ではもしも、その連絡が届いたのがJ・ガイルとの戦いの後だったとしたら。幸運なことにアヴドゥルさんは死にはしなかったが、確かに死にかけた。そんな仲間の姿を見て、そして母の、娘の脅威は無くなったと知ったら。
悍ましいことかもしれないが、彼らは自分たちと見ず知らずの人間の命を天秤にかけたかも知れない。仲間を失う危険を孕みながら、知らない誰かの為に彼らは身を投げ出すかどうかを。普段だったら、立ち向かうことを選択したかもしれない。しかし、仲間を失いかけて動揺しているその時だったら?
…こうなった以上考えても仕方ないことだけれど。それに誰がどんな選択をするかなんて予想は出来ても予測は出来ない。

ただ、一番の心配事項だったお母さんのことが解決しても、なにもストーリーは変えられなかったということに私はショックを受けているのだ。どこかで、これでもう大丈夫だと思っていた、思いたかった私が居ただけの話。
全く、甘ちゃんだなあ私も。

「…寝よう」

考えなくちゃいけないと懸命に意識を保っていたが、どうやら今はいい考えは浮かびそうにもない。こうして承太郎たちと合流してしまった以上、私としては一緒についていきたいし。絶対に認めようとはしない承太郎たちの説得に当たるためにも今は少しでも体力を回復させるべきだ。
そう思いながら、私は体の力を抜いた。

[ 1/4 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]