神隠しの少女 | ナノ






昨日と同じように一瞬で消え去った少女が立っていた場所を見つめる。

この部屋にやって来た時は、酷く警戒していた。特に警戒されるような事をした覚えはないが…と思いながら声をかければ逃げられた。昨日よりもスタンドを使いこなせている順応性に少々興味がわく。
ネックレスが有ると言うとそれまでの警戒心や不安さは鳴りを潜め、食いついてくる。からかい半分に添い寝させれば、始めは頑張っていたようだが直ぐに眠りに就いた。

眼が冴えていたし、暇つぶし半分観察していると魘され始めた。ついには涙をこぼし始め、何か呟く。耳を澄ませば、何か謝っているようだった。

「お父さん、お母さん…ごめんなさい…」

繰り返し両親に対し謝罪する。…そう言えば母の形見だと言っていたな。机に置いてあるネックレスをぼんやりと思いだす。子供には似合わぬ大人びたネックレス。この少女にとって酷く大切なものだったのだろう。
なんとはなしに涙を拭ってやる。ついでに幾度か頭を撫でてやれば、穏やかな寝息に戻った。…なぜそのようなことをしたかは自分でも分からない。
ぼんやりともう顔も覚えていない両親を思い出す。母は弱い女だった。父とも思いたくない男は生きる価値もない屑だった。失ってもこの子供の様に泣くことも、悲しむこともなかった。しかし、なぜか心を乱される私が居た。


数時間たってようやく目を覚ました少女はここがどこだか分かっていないのかボウっとした後いきなり起きあがる。…やっと現状を思い出したらしい。


頬に手を伸ばせば体が跳ねた。名を呼んでみれば目を丸くする。警戒心丸出しの表情に面白くなってもう一度手を伸ばせば、ベッドから落ちかける。それを引きとめてやれば顔を顰めながら、すみませんと呟いた。
引き戻して目を合わせれば、目が不安に揺れた。しかし、気丈にも逸らしはしない所が気に入った。

気まぐれに名を名乗れば、また呆気にとられた顔をする。コロコロと表情が変わる奴だ。


思い出したようにネックレス!と叫ぶので付けてやればあからさまにホッとした様に微笑んだ。…似合わないだろうと思っていたそれは案外しっくりと彼女の首に収まっていた。

両親の事を尋ねれば辛そうに目を伏せる。やはり二人とも喪っているらしい。
…何故かは分からないが、ポツリと私にも両親が居ないと言えば、驚いたように顔を上げた。まあ、いきなりそんなことを告げられれば驚くのは当たり前だろう。私自身何をつまらないことを言っているのかと自嘲した。
しかし、彼女は私に手を伸ばし、寂しかったんですね、と呟いた。その言葉に頭に血が昇るのが分かる。私が寂しかっただと?あいつらが居なくなったことなど、私にとって不要なものが消えて清々した程度だと言うのに!

苛立ちに任せ、ベッドに押さえつけて少女の細い首を絞める。この娘はどうするのか。泣いて命乞いをするのか、スタンドで逃げるのか。どうせそんなところだろうと考えていた。しかし、そのどちらでもなく私の手に手を重ね反抗するでもなく握りしめる。そして、微笑みさえした。それはここから逃げるために媚を売るようなものではなくて。

思わず手を離せばゲホゲホと咳き込んだ。それを見ながら動くことが出来ない。今の微笑みは何だと言うのか。何故、自分を殺そうとする者にあの様に微笑んだのだ。
漸く落ち着いた少女になぜ逃げなかったのか、訊ねる。本当は、あの微笑みの意味を問いただしたかった。しかし、何故かそれは言葉にならなかった。


なぜ逃げなかったか分からないとばかりに言うので、おかしな奴だと言えば、私に向かって苦笑した。それもまた、敵意や警戒心と言ったものは垣間見えないもので。

「…本当に変な奴だ」
「…おかしな奴って言われるのはいいけど、変な奴って言われるのはなんか嫌な感じだなぁ」

そんな軽口を叩く少女に笑いが込み上げてくる。全くこいつは何だと言うのだ!こちらがこんなにも混乱していると言うのに!ここまでマイペースだと、いっそ今までの思考が馬鹿馬鹿しくなってくる。このDIOにここまで考え込ませるとは、大した奴だ。

「そろそろ帰った方がいいんじゃあないか」

ちらりと先ほどよりも針の進んだ時計を見てそう言えば、慌ててベッドから立ち上がる。…もう会うこともないだろうと思っていると急にこちらを振り返って。

「また来てもいい?」

なんてまるでこちらの心を読んだかのような言葉を言うものだから。思わず目を見開けば、面白そうに笑われて眉間にしわが寄る。

「好きにするといい。…来るなと言っても来そうだからなお前は」

そう言えば更に楽しそうに笑って。

「じゃあ、また明日」
「明日も来る気か…」

そう言った私に手を振って、消え失せた。
昨日会った時は子猫の様だと思った。今はそんな御しやすく、可愛らしいものではないと分かっているのに。明日が来るのが楽しみだ、などと久方ぶりの感情。
…テレンスに菓子の一つでも用意させるか、と思っている自分はどうやら酷くアレを気に入ったらしい。

「待っているぞ茉莉香」

その言葉は闇の中に消えて行った。

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