神隠しの少女 | ナノ






「…本当に退院する気ですか!?」
「ええ。お母さんの所に顔を出したらシンガポールに向かいます」

私の言葉にお兄さんがぽかん、とする。まあ、普通そんな事言われたら飛行機の手配はどうするんだとか思うよね。私には関係ないけど。

「茉莉香さん」
「はい?」
「私はジョセフさんからあなたがDIOと関わりがあるのも、スタンド能力があるのも聞いています」

先程ノートや衣服を出したのもそのスタンドによるものでしょう?という問いかけに浅く頷く。…ジョセフおじいちゃんはそんなことまで言っていたのか。まあ監視が付いた時点でそれなりに話してるとは思ってたけど。

「だから私は、始めあなたの事を頼まれた時に監視だと思いました」
「違うんですか」
「ジョセフさんは、あなたが無茶をしないように見守ってやってくれと、そう仰いました」

あなたの事を危険視するのではなく、保護対象として扱えと。理解して顔に血が昇る。…私はどれだけジョセフおじいちゃんの事信頼してなかったのか。ずっと何か不利な事をしないように監視させてるんだと思ってたよ…。実際は真逆だった訳だ。自分達の為ではなく私の為にこの人を寄越してたとは…。今途轍もなくジョセフおじいちゃんに謝りたい。

「だから、私にはあなたを止める義務があります」
「…それを果たせるとお思いですか?」

目を合わせる事数秒。お兄さんが力なく首を振った。

「無理、でしょうね。私にはスタンド能力もありませんし今はこの有様です」
「なら、何も言わずに見送ってやってください」
「…私は、何も出来ませんでしたね」
「お兄さん。お兄さんが承太郎達の事教えてくれて本当に助かりました」

あれがなければ、きっと私はあなたをどうにかしていたかもしれませんし、もっと無茶してました。そう言えばお兄さんは困ったように苦笑して。

「ホリィさんが起きていらしたら、ありがとうございますとお伝えください。あの人が私も治してくれたからこうして喋ることが出来ました」
「ええ。伝えておきますよ」

お互い微笑みあって。あ、お兄さんの笑う顔初めて見たかも。そんなことを思いながら病室を後にした。

近くにいたナースさんにお母さんの病室まで連れて行って貰う。入るとお母さんが寝息を立てていた。近づいてみれば、幾分肌は白いが今までの様な苦しげな感じはしなくて安心する。そっと頬に触れても、異常な程の熱さは感じず心地よい。

「…お母さん」

呼んでみてなんだか気恥ずかしい気分になる。お母さん、なんて人を呼んだのは何年振りだろうか。とりあえず確実にもう10年以上は呼んでいない。こちらのお母さんはそんな風に呼ぶ前に死んでしまったから。
…ホリィママ、だとあんまり意識しなかったんだよなあ。なのにこうしてお母さんと呼ぶと妙に恥ずかしい。子どもがママからお母さんって呼び変える時ってこんなに照れるものだったかな。

こちらに来る前にお母さん、と呼んでいた人の事を思い出す。なんだか他人行儀な言い方だが、もう顔すら思い出せなくなってるんだから仕方ないと思いたい。…覚えているのはもう本当に些細なことだ。朝起きなくて叱られたことだとか、夕飯の時によく笑っていたな、とか。顔に霞が掛かるものの、酷く幸せだったのは覚えている。
それがいきなり無くなって、そして今はこうしてホリィさんをお母さんと呼ぶ。あのお母さんとは違う人けれど、抱えてるものは同じだ。…長生きして欲しい、いつだって幸せに笑っていて欲しい。ねえ、顔も忘れてしまったお母さん。お母さんとは随分違うタイプだし、血も繋がってないけど。この人をあなたの様に愛してもいいでしょう?

手触りの良い頬をもう一撫でして背を向ける。さあ、感傷に浸るのはお仕舞いにしないと。一歩踏み出した途端お母さんが声を上げて。起こしてしまったかと恐る恐る振り返るが、そう言う訳ではないようだ。しかし、口が動いている。
聞きとれないそれに近づけば、私と承太郎の名を呼んでいて。その表情は少し苦しそうだ。思わず手を取る。

「…大丈夫だよ」

大丈夫。

「私はお母さんのおかげでもう元気だし」

承太郎は、お母さんの分まで私が守るから。
そう告げると、また安らかになった寝息に安堵の息が漏れる。…そして今度こそ私は一歩踏み出した。さて、間に合うといいんだけれど。

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