神隠しの少女 | ナノ






おまけ


「…入れないねー」
「そうですねえ」

寝室の外にはテレンスとラバーソールが所在無さ気に立っていた。二人の手の上にはケーキと紅茶が乗った盆があった。先程まで温かそうな湯気を立ち昇らせていた紅茶ももう冷え始めている。
中に居る部屋の主は二人が居る事に気付いているだろう。二人とも職業柄気配を抑えるのが習慣付いては居るが、その程度なら主が気付かない筈がない。むしろ消そうと努めても察されるだろう。

「って、いうかさこのちょっとだけ開いてるのってわざとだよね」
「…でしょうね」

ほんの僅かに開かれた扉からは二人の話し声と近付いた影が覗き見える。もしかすると気配に敏い茉莉香も気付いているのではないかとテレンスは考えたが、直ぐにそれは打ち消された。あの少女は普段は自分から積極的にスキンシップを取る割には、案外照れやすいのだ。こんな場面を見ている人間が居る事を知ったら、主を足蹴にするのは目に見えている。それがないという事はやはり気付いては居ないという事で。それだけ警戒して居ないというか、リラックスをしているのだと考えると少しばかり笑いが浮かぶ。よくもまあ、こんな危険人物ばかりの館でそんな風に出来るものだ。
ふと隣のラバーソールを見ると、彼も同じように笑っていて。きっと同じような事を考えていたのだろう。

「これってあれかね?おれらに茉莉香は自分のだって言いたいのかね」
「そうかもしれませんね」

小声で会話をしながらお互いに苦笑を交わす。全く、独占欲の強いご主人様だ、とばかりに。だが、彼から取り上げる気は更々ないが自分達も茉莉香の事は気に入っているのだ。彼ばかり茉莉香と遊ぶのは気に喰わない、とも言える。だがまあ、今日の所は。

「仕方ないですね、後で出直しますか」
「だねー。今日はお泊りって言ってたし明日は朝から連れ回してやろ」
「おや、じゃあ買い出しを手伝って頂きましょうかね」
「っげ、藪蛇…」

軽口を叩き合いながら廊下を引き返す。…茉莉香が居なかったらこんな風にこの男と会話することはなかっただろうな、などと思いながらテレンスはそっと口元を釣り上げた。

→アトガキ

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