神隠しの少女 | ナノ






ゆるゆると意識が浮上する。開いた目に映る天井はいつも寝ているものよりも高く、見慣れないもの。一瞬の戸惑いの後、一気に状況を理解する。

「やっと起きたか」

慌てて飛び起きて隣を見ればDIOが本を片手に面白そうにこちらを楽しそうに伺っていた。
…やってしまった。なんと言うことだろう。この冷徹な吸血鬼を前に無防備にも眠りこけていたなんて!

「わ、たし…」
「寝不足だったのか?随分と良く寝ていたが」

伸びてきた手に身を固くするが、危害を加えられるわけでもなく頬を撫でただけだった。

「…茉莉香」

DIOに名前を呼ばれる。まさか、名前を覚えられているとは思わなかった。

「なん、ですか」

じりじりと距離を取りながら返事をする。しかし、何も言わず再度伸びてきた手に後ずさると、がくりと体勢が崩れた。DIOに意識を取られるあまり、ベッドの端に来ていた事にも気付けなかったのだ。来る衝撃に備えて目を閉じるが、それ以上倒れることもなかった。恐る恐る目を開ければ、DIOがしっかりと私の手を掴んでいた。

「…そそっかしいやつだな」
「す、すみません…」

お前が手を伸ばしてくるから悪いんだろう、とか言いたいことは有ったが飲み込む。認めたくはないが、助けてもらったのは事実なんだし。
ベッドの上に引き摺り戻され、DIOとまっすぐ向き合う。…ヤバい、超反らしたい。でも、それもなんだか負けを認める気がして癪に障る。

「DIOだ」
「は?」

数秒睨みあった後、口を開いたかと思えばいきなり自己紹介を始めた。

「昨日名乗らなかったからな」
「はあ…どうもご丁寧に…」

なんというか、私の中のDIOはわざわざこんな得体のしれない子供に名乗る、とかするイメージではなかったから、どう反応すればいいか戸惑ってしまう。

「というか、今何時でしょうか…」

私はどれだけ寝ていたんだろうか。下手したらおばあちゃんが帰ってきてるんじゃないだろうか。

「6時…だな」

時計を見たDIOがポツリと呟く。…だとすれば向こうは5時ごろだろうか。それならまだ大丈夫だろう。ホッと息を吐く。

「あ、ネックレス…!」

寝起きでDIOと対面したこともあって失念していたが、元々そのためにここまで来たのだ。きょろきょろと周りを見ているとDIOが立ち上がり、机からネックレスを持ってくる。それに手を伸ばせば、ヒョイと持ち上げられる。…意地悪か、意地悪なのか。悪の帝王にしては幼稚過ぎる嫌がらせだな、おい!
じろりと見上げれば、鼻で笑われた。…イラっときたわー。

「つけてやる」
「へ?」

言うが早いか首の後ろに手を回し、ネックレスを付けてくれる。…このスピード、貴様慣れているな!
付け終えるとこちらをじっと眺めてくる。気まずいしこのままさっさと帰るか…と思った時、DIOが喋りだす。

「ふむ…、お前の年頃には不釣り合いだと思ったが…そうでもないな」
「ありがとう、ございます…」

褒められたのか貶されたのか微妙な気分だが一応礼を言っておく。…こういう所は日本人として育ってきた20年間を実感する。

「母の形見だと言っていたな」
「…はい」
「事故か。…父親は」

答えたくなくて、目を伏せる。本当なら幼すぎて忘れてしまうはずの情景も、私には忘れられなくて。血に塗れた両親が未だに思い浮かぶ。

「歳に釣り合わない落ち着きもそのせいか」

その言葉にピクリと肩が揺れる。もし、前世の記憶が有るだとか、この世界の未来を知っているとバレたらどうなるのか。杞憂だと分かっていても心拍数が跳ねあがる。しかし、DIOは私の変化に気付くこともなく言葉を続けた。

「俺も、両親はいなかった」

落とされた言葉に目を上げる。こちらを見る目と視線がぶつかった。
そして、気付く。彼の雰囲気が寝る前とどこか違った。よく考えれば、いくら起き抜けでも私とDIOが数秒とは言え、先程の様に睨みあえるはずもない。それが出来たのは、寝る前に感じていた冷たく切り裂くような雰囲気が和らいでいたから、なのだろう。

「…まあ、お前の様に形見を後生大事にしたいと思うような親ではなかったが」

口の端を持ち上げるDIOに思わず手を伸ばした。何故だかわからない。ただ、そうしたかった。そうしなければならないと、感じた。
服を掴むと、訝しげに眉を寄せられたが、今はそれも怖いとは思えなかった。

「寂しかったんだね」

そう言った次の瞬間には、ベッドに押し付けられ、喉にかけられた手に力を込められる。ギリギリと締まる気道が悲鳴を上げた。

「何を馬鹿なことを…!」

苦しい。見る見るうちに重くなっていく手を、DIOの手に重ねる。爪を立てるのではなく、弱弱しくも力を籠めて。力を振り絞って微笑む私にDIOは目を見開いて手を離した。急に入り込む酸素に激しく咳き込む。DIOはただ、そんな私を見下ろしていた。

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