神隠しの少女 | ナノ






DIOの館での事は、正直あまり覚えていない。思い返しても霧がかかっているかのように朧気なものばかりだ。鮮明に思い出せるのはごく僅かな部分。冷たく微笑むDIOと、困ったように笑う少女―茉莉香と過ごした時間のみ。

初めて顔を合わせた時茉莉香は驚いたように目を見開いた後、痛ましげに顔を歪めた。
あの時は何故か分からなかったが今なら理解できる。ぼくの額に植えつけられたものを彼女は知っていたのだ。
DIOに自分の客人であり友人だと紹介され、自身と同様に扱えと言われた時は心底驚いた。あの時のぼくは洗脳されていたようなものとはいえ、本当にDIOに畏怖と敬愛を持っていた。そんなぼくにとって年端もいかない少女に対しDIOと同じように接するのは、ほんの少し違和感が有った。
そんなぼくを茉莉香は月の光が降り注ぐ植物園の様な所へ連れて行った。周りを見渡すぼくに茉莉香は微笑みかけて、名前で呼べと言った。それを渋ればぼくの手を取り、友達になろう、そう言ったのだ。

自慢にもならないが、ぼくにはそれまで友人、と呼べる関係の者は居なかった。物心ついた時からスタンドが側にいて、それが異端だと気付くまでそうは掛からなかった。他の誰にも打ち明けられぬ、分かってもらえないぼくのスタンド。彼だけがぼくにとって友人だった。
だから、こんな風に触れられることも、笑いかけられた事もなくて。なんだかとても、嬉しかったのを覚えている。

それから、色々な話をした。ぼくの言葉に相槌を打ったり、言葉を返したり、笑ってくれる。それはぼくにとってとても新鮮な事だった。
もう、帰らなきゃ。そう言った茉莉香の言葉に心に翳りが出た。折角友達になれたのに、もう別れなくてはならない。そう思ったら悲しくて、また会えるかも知れないね、と笑いかけた。そうだね、と言ってほしくて。そうしたら茉莉香は期待した以上のものを返してくれた。

「……そうだね、絶対に会えると思うよ」

その言葉が嬉しくて、今度はぼくから手を差し出した。一瞬キョトンとしてから茉莉香がぼくの手を取る。

「約束だよ、また会おうね」
「うん、約束するよ」

初めての友達との約束が嬉しくて。一瞬茉莉香が辛そうな顔をしたのを、その時のぼくは気付けなかった。

あの約束が果たされたのは、思いもかけない場所だった。
DIOの命令で承太郎を襲い、負けたぼくは承太郎によって救われた。靄が晴れたような頭の中に浮かんだのはまず、DIOの雰囲気に圧倒され屈服した自分への怒り。次に、もう茉莉香とは会えないという悲しみだった。彼女はぼくの友達になってくれたが、DIOの友人でもある。たった一度会ったぼくとDIOを天秤に掛けたらぼくが選ばれる筈もない。
もし、違う形で出会えていたら、こんなことで悩みはしなかっただろう。しかし、ぼくはあの男に平伏した自分が許せない。出来る事ならば、一矢報いたかった。そんな風にぼくが思っているのを知ったら、あの優しい女の子は悲しむだろう。だから、もう会わない、会えない。
チクリと心を痛むのを感じながらぼくは布団に横たわった。そして、翌朝。

どこからか大きな音がした。壁に掛けられていた学ランを羽織り、音のした方へと向かう。そして辿りついた台所には、倒れた承太郎の母親と、立ち尽くす承太郎とジョースターさん。そして、真っ青になった茉莉香だった。
茉莉香を視界にとらえた瞬間、頭の中が真っ白になった。一体何故彼女がここに居るんだ?まさか承太郎達を襲う様にDIOに頼まれたのか。いや、それにしては承太郎達に敵意は見えない―。すごい勢いでぐるぐると頭の中に考えが浮かんでは消えていく。
茉莉香はそんなぼくをチラリと見てから、承太郎と一緒にホリィさんを連れて出て行った。

戻ってきた茉莉香と承太郎を迎え入れて話し合いが始まる。やがて承太郎のスタンドがDIOがエジプトに居る事を突き止めた。その言葉に月明かりを背に受け佇むDIOとあの植物園での光景がフラッシュバックの様に思い出されて。

「やはりエジプトか……。わたしも脳に肉の芽をうめこまれたのは三ヵ月前!家族とエジプトナイルを旅行しているときDIOに出会った。…そして君ともだ、茉莉香」

ぼくの言葉に他の三人の視線が茉莉香に集まる。ぼくもジッと茉莉香を見つめていた。息をひとつ吐き出して茉莉香が顔を上げ、目を開く。その目を見返しながら、口を開いた。

「わたしはDIOと会ったあの日、館に連れて行かれ君に会った。DIOは君のことを自分の客人であり友人だと言っていた。…教えてくれ。君は一体何者なんだ」

茉莉香が敵でないことを強く願った。そして出来る事ならば、もう一度また笑いかけてほしい。そんな自分勝手な事を考えながら茉莉香が口を開くのをジッと待った。

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