神隠しの少女 | ナノ






典明君に会ってから私は少しばかり困ったことになっていた。いや、困ることではない。ただ、思いもしない事態に困惑していると言ったところか。


ガバリと布団を跳ねのけて起き上がる。吹き出すように汗が流れていて、夜風が身体を冷やした。一度身体を震わせ、深々と息を吐く。
…今日で、こんな日々ともお別れだ。
ベッドから出てノートを取り出す。そこにはイタリア語がズラッと並んでいた。
このノートに書かれているのは、これから起こる"未来の出来事"だ。

典明君に会った次の晩、私は不思議な夢を見た。典明君と承太郎がスタンドで争っている夢。場所はどこかの学校の保健室。倒れた学生達と白衣の女性。それは、確かに忘れかけていた旅の始まりを告げる戦いだった。
始めは呆然としたが、我に返った私はこのノートを手に取り、覚えている限りを書き記した。その時は、典明君に会った事で脳味噌が活性化したのかな、なんて考えていた。しかし、その後も不可思議な夢は続いた。

週に一度か二度。その度物語は進んでいった。典明君の戦いかタワー・オブ・グレーとの戦い。ポルナレフとの出会い…。
それに合わせるように私の記憶は掘り返されていった。3部の事だけではなく断片的に、しかし克明に浮かび上がる情景。そういえば、ディアボロってこんな髪の毛長くなってるんだよな、なんて変なことに感心したりもして。

だが、夢の中だけはしっかりと順を追って時間が進み。お陰で3部の内容だけはしっかりと時系列順に記されている。そして今日、承太郎とDIOの戦いが終わりを迎えた。


…この夢と、蘇り続けている記憶が、(DIO曰く貧相な)私の脳味噌の懸命な努力の結果なのか、私をこの運命に放り込んだ居るかどうか分かりもしない何かの悪趣味ないたずらなのか。そんなことは分からない。しかし、そんなことはどうでもいい瑣末なことだ。

利用できるものは、なんだって利用してやるさ。なんせ私の大切なものを守るためだ。どんなことだってやってのけてやる。

目を向けた先のカレンダーは11月20日を示している。彼らの旅が始まるまで一週間を切った。承太郎も最近ピリピリとしている。…物語の幕が、開くのはすぐそこだ。

「…時間の流れって残酷だねえ」

ぽつりと零した言葉に反応してくれる人は居ない。…いや、人に限定しなければそうでもないか。
目の前でゆらゆらと揺れる私の分身に笑いかける。彼女もほんの少し頬を緩めた。

「色々大変だと思うけど頼むよ」

頷くでもなく佇む彼女。…この子の作る平和な世界で、皆でのんびり暮らせたら最高なんだけどなあ、なんて考えても意味のないことを思う。
世界は、運命はそんなに甘くはない。ただ、その理想に向かって努力することぐらいは、出来てもいいんじゃないか。

「どれだけ努力すればいいのか分かんないけどねえ」

乾いた笑いを発しながらぼやく私と、揺れる彼女を包み込むように夜は更けていった。


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