神隠しの少女 | ナノ






「でも、もういいわ。私があなたを殺したら、DIO様も元に戻って下さるわよねぇ!!!」

ナイフが降り上げられた瞬間、私はマライヤさんをDIOの部屋の中に移動させた。この廊下は広い。女が瞬時に気付いたとしてもマライヤさんが鍵を掛ける時間くらいは稼げる。…まあそのせいで私は手を犠牲にしなければ助けられなかったのだが。
…膝を曲げて身体を落とす。靡いた髪の毛が何本か犠牲になったが怪我はない。横に転がって距離を取りながらズキズキと痛みを発する右手に顔を顰める。
戻ってきたスピリッツ・アウェイでナイフを消して一息つく。…あ、始めからこうするか、マライヤさんと一緒に部屋に入ればよかっ、…いや、うん。入らなくて良かった。
女は、廊下に飾られた甲冑から斧を取り、不気味に笑っている。誰だよ甲冑とか置いた奴。

マライヤさんを先に入れておいて良かったと心から思った。目標が私である以上とりあえずの所彼女に危害は及ばないだろう。それにこれで一緒に入ってたら扉が壊されてた。それはテレンスさんが泣くから避けたいよね。
深呼吸をしながら体勢を整える。…恋に狂った女って恐ろしいね。清姫の伝説を思い出してしまう。美しい清姫は愛しい男への恋慕の情と、恨みに化物となる。まるで、目の前の彼女の様だ。本当に妖気が漂っている気がしないでもない。

斧を取り上げると言う事も考えたが、あそこまでイかれたら素手でも脅威だろう。斧を取って部屋に逃げ込んでも他から武器を調達する可能性は高い。
誰か来てくれるかも分からない時点で不確定要素を残すのは、嫌だ。それにそのせいで他の誰か―DIOやテレンスさん達に危害が及ぶというのは考えたくない。ぶっちゃけ自分が怪我した方がましだろそれ。

とはいえ、私自身が傷付くのもごめんだ。というか今も右手痛くて泣きたいし。と、いうことで。

「ごめんねお姉さん」

恨みは―あるな、うん。

ぶつん、なんて音が聞こえそうなくらい綺麗に、女の肘から先が無くなる。パァっと血が舞い女の動きが止まった。ぎこちない動きで自身の腕を見ると、私の方を見てニィっと、笑った。

「ほらやっぱり、こんなこと出来るなんて、悪い子」

いや、あんたも同じようなもんじゃん、とか痛くなのかよ、とか色々言いたい事はあるがもう無理だ。悪いが首を消してしまおう。スピリッツ・アウェイの手が女の頭に触れようとしたその時。女がピタリと止まる。私とスピリッツ・アウェイもつられて止まってしまった。

「DIO、様」

その言葉に振り替えると、無表情にこちらを見るDIOが立っていた。暖かさのまるでない冷たいその目とは対象的に女は微笑んだ。…場違いだが、本当に美しい人だったのだろうと思った。

「DIO様、DIO様…お会いしたかった」

DIOはその言葉には答えず、ヴァニラ、と側近の名を呼ぶ。何時の間に居たのか、DIOの後ろからヴァニラが現れて。

「目障りだ。消せ」

その次の瞬間には彼女は跡形もなく消えていた。それを確認して膝の力が抜け、座り込みそうになるのを壁に寄り掛かって耐える。
…あー、血が足りない気がする。緊張から解放されたことも含めて視界がぐらぐらと揺れていた。っていうか、あんなにDIOの事愛してたんだから最期くらいDIOにヤって欲しかったんだろうな、なんて少しばかりあの女の人に同情してしまう。まあ、どうでもいいちゃどうでもいい感傷だけど。
ガチャリと音がして、不安気な顔をしたマライヤさんが出てきた。…怪我は、なさそうだ。良かった良かった。呑気にそう思っていると襟ぐりを掴まれて立たされる。
目の前には、一切の感情を排したように冷たく、そのくせ怒りに満ち溢れたオーラを立ち上らせたDIOが居た。
バチンッといい音を立てて頬が打たれる。脳味噌がぐらぐらと揺れた。

「茉莉香」
「は、い?」
「私は貴様に部屋から出るなと言っておいた筈だが。何故貴様はここに居て、怪我まで負っている?」

マライヤさんが駆け寄ってきてDIOの手を掴む。DIOはマライヤさんをじろりと睨んだが、それでもマライヤさんは手を離さない。

「DIO様!その子は、私を」
「マライヤさん」

マライヤさんの言葉を遮る。だって確かに私はDIOの言い付けを破ったわけだ。もちろん言い分はある。沢山ある。でも、私は確かに悪かった。

「DIO」
「なんだ。何か言い訳でもあるのか」
「いや。…心配かけてごめん」

私の言葉にDIOの顔が歪む。手を離されれば、今度こそずるずると床にへたり込んだ。それに舌打ちしながらDIOが私を抱え上げる。肩に力なく頭を埋めると、手に力が籠ったのが分かった。

「ヴァニラ」
「はっ」
「テレンスとそこを掃除しておけ」
「かしこまりました」
「マライヤ」
「は、はい!」
「…無事で何よりだ」

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