神隠しの少女 | ナノ






気がつけば、もう見慣れた光景だった。黒と、赤と横たわる人の形をしたもの。中心に佇む"私"。彼女が顔を上げようとするのを見て、叫びだしてしまいたくなる。でもやはり、声帯はピクリとも動かない。深まる笑み。その口が開かれて。

『守れるなんて、思ってるの?』

ああ、もうやめて。もう嫌。もう、もう、もう。どさり、と見慣れた血塗れの誰かが倒れ込み、そして血の香りが私を包む――その筈だった。鼻腔を漂ったのは生臭い鉄の香りではなく、彼の纏っているもので。"私"の顔から表情が抜ける。その姿はまるで良くできた人形の様だった。
歪んで薄れて倒れ伏していた少女と祖母の姿が消えた。その身体から流れていた血も同じように消えていって。黒で塗りつぶされた世界に、私達だけが取り残された。

『守れるなんて、思ってるの?』

先程と同じセリフ。だけれど、その声は僅かに震えていて。"私"の顔は今にも泣き出しそうに無様に歪んでいた。

『本当に、守れるなんて思ってるの?』

繰り返される度に声は絞り出されるように苦しげになっていて。いつの間にか動けるようになった私は、"私"を強く抱きしめた。
たった一年しか経っていないのに、"私"は小さく幼かった。硬直していた身体から力が抜け、わんわんと声を上げて泣く腕の中の小さな少女をただ抱きしめ続けた。

やっと泣きやんだ時には、泣き腫らした眼は真っ赤になってしまっていた。自分の幼い頃の姿とは言え、つい微笑ましい気分になってしまう。あの事件の後、ディアボロの胸で泣いた私もきっとこのままの姿をしていたんだろう。つい月日を重ねるうちに、一年なんて大きな違いはないと思うようになっていたが、こうして見るとやはり変わっているもので。子どもの一年というのは大きいものだ。…鏡でも見ていれば気付いていてもよさそうな事なのに。そんなに切羽詰まってたのか私は。
自分の器の小ささに苦い顔をしている私に彼女は何かを差し出した。それは、いつもこの夢の中で手にしていたナイフだ。しゃくり上げるのをこらえながら少女の口が開かれる。

『私を殺すのは、あなた』

その言葉を、私は何度も聞いていた。夢から覚めた時には忘れてしまう、この夢の終わりを告げる言葉だった。嗚呼、"私"は殺してほしかったのか。弱い自分を、弱かった頃の象徴である"私"を。何度も自分に殺されて、それでも尚殺してほしかった。それほどまでに、私は"私"を消してしまいたかったのか。

震える手で受け取ったナイフはしっくりと手に収まる。私はこのナイフで何度も"私"を突き刺した。消えてしまえと、死んでしまえと。
小さな私は微笑んで腕を広げる。ここを刺せ、とばかりに差し出された胸には可愛らしい刺繍が見える。ああ、この洋服は祖母が私に作ってくれたものだ。気にいっていつも着たがっていた。
私の手からナイフが抜け落ちる。音もなく転がったそれを少女は拾い上げ、また差し出す。それを掴んで、遠くへと投げ飛ばした。
目を見開いてそれを見送る"私"に笑いかけた。

「死ななくたって、いいんだよ」

きっと私の顔はさっきの少女の様に、泣き笑いのような奇妙なものだろう。

「死ななくたって、いいの」
『それで、それで守れると思ってるの!』

私を睨みつけてくる瞳には今にも零れ落ちそうなくらい涙が溜まっている。それでも揺れることなく私を射抜いていた。

『大切なものをまた失って!また"私"を憎んで!苦しんで!何度、何度繰り返すの…!』

ああ、これは私の叫びだ。何度も自分を呪った。何度も自分を嫌悪した。何度も、まだ見ぬ未来に恐怖した。
それでも。

「それで、いいよ」
『…!』
「きっと、これから何度だって私は、私を恨むし、嫌うよ。でも、大丈夫だよ」
『何が、大丈夫なの』
「私には、皆が居るから」
『皆…』
「うん。DIOだって承太郎だっているよ。私が辛かったら、転びそうだったら支えてくれる人がいるよ」
『支えられてて、守れるとでも、思ってるの…』
「思ってるよ。そうやって、支えて貰えるから、私はきっと頑張れるんだよ」

唇を噛みしめ、俯いた頭を何度も撫でる。DIOやディアボロや、大切な人達がしてくれてきたように、優しく。
嗅ぎ慣れた彼の香りが鼻を擽る、ああ、ほら、今だってこうして助けて貰ってるじゃない。

「だから、大丈夫だよ。私が私を嫌っても。何度だって受け入れるから」

だから、死ななくていいの。そう言った瞬間黒い世界が白で埋め尽くされて。腕の中の"私"が泣きながら笑った。ああ、自分のことながら変な顔してるなぁ…。

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