雪子様より相互記念
夢をみた。ぶくぶくぶくぶくと息ができなくて。抜け出したくて手を伸ばしても貴方から伸ばされた手はいとも簡単にすり抜ける。そのときの水面越しに見る貴方のひどく傷ついた顔を見たくなくて私は目を綴じる。暗かった世界がさらに暗くなり、脳裏に浮かんでいた貴方の顔も消えてしまう。そしてふと目を開くと水面越しに貴方はいなくて、次には私がひどく傷ついた顔をするのだ。何かを叫びたくて開いた口からは水ばかりが侵入してきて何も発することはできなかった。体の中まで水に溺れていく感覚の中、もう見えない水面を見ながら私は確かに貴方の名前を呼んだのだ。
そのつぎの瞬間に私も、もういなかったけど――。
「こんにちは。沖田くん。珍しいね。一人でお昼なんて。」
「高橋さん…。今日は一人で食べたかったんだ。」
彼はつんつんと突いていた卵焼きを豪快に口に運んだ。
「貴方が嫌なら出て行くけど?」
「僕に権利はないんだから好きにしなよ。」
私は一度も顔をみない彼に少しばかりむっとした感情を覚え、彼の座るベンチにどっかりと座り込んだ。
「……。」
「何。」
「いや。変わってるなって。」
「何それ。私がどこで食べようが勝手。一人になりたいなら余所に行きなさい。」
「きついなー。」
そう言いながらも彼は笑った。私は笑わなかった。ただただ黙々と食べ続けた。
「沖田くん、食欲ないの?お箸進んでないけど。」
ちらっと彼のお弁当を見ながら言うと彼はうっすら微笑んだ。
「この魚は野良猫にあげるんだ。昨日約束したからね。」
「ふーん。」
いちごみるくのぱっくに手をかける彼はまだ魚以外にも残ったお弁当を包んでしまう。
「いちごみるく、おいしい?」
「じゃなきゃ飲まない。」
それもそうだ。
「…げほ、」
「……風邪?」
「ちょっとね。」
彼がまだ少し咳込みながら言うから私は思わず背中を摩ってやった。すると彼は口と胸を抑えながらさらに大きく咳込むから私は少し慌てて彼の前にしゃがみ込んだ。
「だいじょ……沖田くん。それ、風邪?」
彼の服の裾には赤い液体がついていた。
「喉が切れたんだよ。それだけ。」
「本当?」
「本当。」
「嘘。私、知ってるよ。」
彼は目を細めた。
「結核。」
「…どうして、」
次に彼は目を見開いた。私は彼に微笑んで言った。
「私もそうだから。」
夢の中で確かに彼の名前を呼んだのだ。何度も呼んだのだ。そして呼んだ次には私も消えていたのだ。貴方も、消えていたのだ。
私の神様は二度死んだ
Title by 虫食い
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切ない……!現代っていうのがまた切ない。
色々大変な中、ありがとうございました。