※死ネタ
春とはいえ、夜はまだ寒い。慌てて飛び出してきた私を気遣って、斎藤さんは自分の羽織を私にくれた。
返そうとすれば「気にするな」とすまし顔。昔と変わらないそれが、妙に切なかった。
足裏が砂利を踏みつけるたび、小さな石ころは喧しく騒ぐ。なるべく音を鳴らさないように歩いたら転びそうになった。
見かねた斎藤さんが手を差し出す。私は笑顔でその手をとった。今夜は月が綺麗だ。
頂上についた。
蒲公英の綿毛が、風にそよいで一斉に飛び立つ。隣の彼の髪にひとつ絡まっているのを見つけ、声をかけてから取り除いた。
夜風に乗せて指を離せば、種はふわりと浮かびあがる。月に吸い込まれていく。……見えなくなった。
「斎藤さん、私生き抜きます。貴方がどんなに遠くにいっても、必ず。」
返事はない。掌の体温が消えたことに気づき、横を見上げる。
一陣の風が、美しい砂を舞い上げた。
「当たり前だろう」
深い声が、聞こえた気がした。
私をこの地に縛り付ける唯一
貴方がいなくても、私は生き続ける。
いつか終わるまで、ずっと。