小さな鉈を振り上げて、最後の二人を壊した。"人"で合っているのかはわからないが、元々人間だったのだし、この数え方もありだと思う。何人かはこの言い方に否定的だけど、リナリーは何も言わなかった。反論出来ないだけかもしれない。……まあ、変えるつもりはないし。
「終わったか」
「たぶん」
背後にいるのは今回の任務の相方だろう。でも、一応確認しておかないと。
振り返り様に鉈を投げ飛ばした。ヒュンヒュンと風を切りながら黒髪の青年へ飛んでいく凶器は寸分違わず心臓を――貫かなかった。
「何すんだテメェ」
彼のイノセンスに弾かれた鉈は空中に舞い上がり、私の足元に刺さる。
「ごめんな。アクマかと思って」
「見分けぐらいつけるようになれ、チビ」
「自分が出来るようになってから言えよパッツン」
「んだと」
神田ユウの罵詈雑言を聞き流し、残骸に向き直った。既に風化し始めているそれに黙祷。
悲しかったか。
辛かったか。
裏切られたし、痛みも感じただろう。
苦しい世界で、それでも蘇らせたいほどに愛した人。
「お前、それやめろ」
尖った声に顔を上げる。神田は隣に立っていた。
「行くぞ」
そのまま駅へ向かって歩く足が、"二人"の残骸を蹴り飛ばした。
私は何も言えない。
ファインダーが手続きを済ませていたおかげで、数分後、私と神田は一等車両に落ち着けた。
会話は無く、空気が冷たい。吐き出した息が白くなっているのに気づき、今現在の季節を思い出した。
「どうして」
誰に向けた言葉でもなかった。神田は腕を組み瞑目している。水蒸気で曇らせたガラスを食指で撫でた。
「なんで」
先程より小さな声で。背もたれと背中の間に鉈が挟まり、鈍い痛みがじわじわと広がってきている。
最後の"二人"は私が殺した。背中を突き刺した。嫌な感触がしたけれど、中身はまるきり機械のそれだった。
「なあ神田」
返事は返ってこないが、そのまま話し続けた。
「私たちは、きっと負けるよ。不利すぎる。ハートを手に入れたって、きっと無理だ」
返事は無いが、空気は変わった。厭悪を込めた眼差しが私を縛る。
神田が何を思って刀を振るうのかは知らない。でも、私には私なりの意志がある。ここで話すのをやめたら、その信条が崩れる気がした。
「アクマはもともと人だったんだ。殺戮兵器になっても、壊れる瞬間ぐらいは人間に戻れる。そのとき、エクソシストが彼らに優しくしてやらなきゃいけないんだよ」
私は目を伏せた。神田に非難されるのが恐ろしかった。言葉を吐き出していくうちに、最低な結論にたどり着くことに気づいたのだ。
「助かった魂は、もしかしたら、いつか私たちを助けてくれるかもしれない」
偽善。助けて欲しいから、敵でも薄っぺらい優しさを撒く。情けないか。それでも、私はやめないだろう。妄想でもなんでも、縋れるものは限られているのだから、手に取れるものは全て握っておかないといけない。この負けはイコールで死に繋がる。
「くだらねぇ」
汽車が止まった。素早く立ち上がった神田は、一瞥もくれずに部屋を出て行った。